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2013年2月12日火曜日

アルジェリア人質事件・天然ガスプラントの警備状況

 今回は直接の貯蔵タンク事故情報でなく、2013年1月16日アルジェリアの天然ガスプラントで起こった人質拘束事件の警備状況に関する情報についてまとめたものを紹介します。海外とはいえ、テロリストがターゲットにした天然ガスプラントの警備状況を知ることは、海外での建設だけでなく、日本国内の施設における警備や危機管理について参考になると思います。
 2013年1月、アルジェリアの天然ガスプラントにおいてイスラム過激組織による人質拘束事件が起きたが、ここでは、インターネットのいろいろな情報から天然ガスプラントの警備状況についてまとめた。

 <事件の状況> 
■  2013年1月16日(水)午前5時頃、重武装した集団がアルジェリアのイナメナス近くのティグエントゥリヌにある天然ガスプラント地区を襲撃し、同地区で働いていたアルジェリア人と外国人の多くを人質として拘束した。襲撃したのは、「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」に所属するモフタール・ベルモフタールが組織した「血判部隊」というイスラム武装集団であった。
■ 天然ガスプラントは、イナメナス・ガスプロジェクトの名で知られている天然ガスの開発プロジェクトで、4箇所のガス田と、イナメナスから西に約45km離れたティグエントゥリヌにガス集積とガス処理施設がある。イナメナス・ガスプロジェクトは2006年から始められ、英国のエネルギー会社のBP社、ノルウェーのエネルギー会社のスタトイル社およびアルジェリア国営炭化水素化学輸送公社(ソナトラック)の3社の合弁会社で操業されている。日本の建設会社の日揮はプラントの建設を受注し、現地に駐在している。このため、同地区には、英国、ノルウェー、日本などの外国人が働いていた。
■ 事件発生から1日を経過した1月17日午後12時、アルジェリア軍が人質誘拐犯に対して攻撃を開始した。事件発生から1月19日のアルジェリア軍最終攻撃による事件収束までの経緯について、BBCではつぎのように伝えている。
➊ バス攻撃: 1月16日現地時間午前5時、重武装した集団がイナメナスの飛行場のある方向へ向かうガスプラントの作業員を乗せた2台のバスを襲撃した。
➋ 人質拘束: 武装集団はティグエントゥリヌにある施設の方へ車で突進し、この地区にある居住区と主ガス施設にいたアルジェリア人と外国人の労働者を人質として拘束した。
➌ 軍が地区を包囲: 保安部隊とアルジェリア軍が人質を拘束した誘拐犯を包囲した。英国キャメロン首相をはじめ西側諸国のリーダーは、アルジェリア政府に対して行動を起こす前に、専門的なアドバイスをすることを申し入れた。
➍ 軍の攻撃: 1月17日午後12時(グリニッジ標準時間13時)、誘拐犯が人質の何人かを施設から移動させようとした時、アルジェリア軍は攻撃を開始した。報じられたところによると、何人かの人質は逃げることができたが、幾人かの人質が死亡したという。
➎ 最終攻撃: アルジェリア軍は、1月19日、7名の人質を殺害した最後の11名の誘拐犯を壊滅して最終攻撃を終えたと、国営放送は伝えた。現時点では、少なくとも人質48名と誘拐犯32名が死亡したとみられる。

■ イスラム武装集団の襲撃からアルジェリア軍の攻撃による犠牲者について、AFPでは1月20日時点でつぎのように伝えている。
 その後、1月25日時点で判明した死亡者は、外国人39名(日本人10名、フィリッピン人8名+身元不明2名、ノルウェー人5名、英国人5名、米国人3名、マレーシア人2名、ルーマニア人2名、コロンビア人1名、フランス人1名)、アルジェリア人1名(警備員)、誘拐犯29名の計69名であった。当初、誘拐犯32名全員が死亡と伝えられていたが、3名は生きて逮捕されていたことがわかった。
 
<侵入防止設備の状況> 
           (写真はFNNから引用
■ 事件後に現場公開で入ったFNNの写真によると、プラント周囲には「侵入防止柵」が設けられていることがわかる。タイプは「忍び返し型フェンス」で、忍び返し部には「鉄条網」が張られている。
■ 侵入防止柵の前に「コンクリート・ブロック」が置かれ、車両による強行突破防止が図られている。写真で見てわかるように柵とコンクリートブロックの間は自動車が走行できる幅がある。おそらく、プラント内側からこの中に入り、柵周囲を車両で巡回点検することができるようにしたものと思われる。
ガスプラントの建設地 
         (Statoil Photo Manf red Iarischから引用
■ 美化や環境保全上からすれば、境界柵の前面は木々の林にされるが、侵入防止の観点からいえば、境界柵の前面は林にせず、見通しがきくようにされるのがよいとされている。そして、車両による強行突破を防止するため、境界柵前面に深い溝やコンクリート・ブロックが設置される。操業会社の一つであるスタトイル社が公開している現地の建設写真を見ると、プラントはまったく木々のない荒涼とした砂漠地帯に建設されており、監視しやすい反面、どこからでも近寄ることのできるサイトといえる。
■ 近年、敷地境界に「侵入警戒システム」を設置する場合がある。これは、フェンスの網にテンションセンサーのワイヤを組み込み、フェンスに生じるたわみ、振動、切り破り、引っ張りを特定して侵入を検知できるようにしたり、あるいは、赤外線やマイクロ波を利用して、不法侵入者等の異常を検知する。
 今回のガスプラントに侵入警戒システムが設置されていたかわからない。しかし、BBCの報じたニュースでは、BP社のアラン・ライトさんがプラント内の事務所からフェンスを切断して外へ脱出したという。このことから推測すれば、フェンスに侵入警戒システムは設置されていなかったと思われる。

 <ガスプラント正門までの検問の状況> 
ガスプラントから約10km手前にある軍の検問所
          
(写真はReuterから引用
■ 現場公開に伴い現地にはいった報道によれば、ガスプラントの施設までには、幹線道路からガスプラントへの分岐路に軍の「検問所」があり、居住区近くに「外門」がある。この外門から約3km先にプラントの「正門」がある。
 毎日jpによれば、分岐路に軍の「検問所」があるが、夜陰に紛れれば、軍の警戒網は破れると感じたと報じている。「外門」は「ゲート」型で金属製の門などはなく、当時は警備会社が警備していたと思われ、毎日jpは重武装集団なら楽々と突破できただろうと報じている。居住区には高さ2mほどの金網で囲まれており、入り口には金網の門が設置されている。毎日jpによれば、この門は武装勢力の強行突破でひしゃげていたという。
ガスプラントの正門 
■ ガスプラントの「正門」は、現場公開で現地にはいった報道写真によれば、道路脇にコンクリート・ブロックがあり、道路には真っ直ぐに突破できないように金属ポールが立っている。金属ポールは抜き出し可能なタイプになっており、写真では今回の襲撃や軍攻撃のためか1本が倒れ掛かっている。「正門」は金属製のスライド型で、通常、どこにでもあるタイプと思われる。
■ 現在、「外門」は地元警察が警備し、「正門」はアルジェリア軍が警備しているが、読売新聞によれば、「施設の内部の警備は、プラント区域や居住区域、外部への出入り口である外門を含め、施設運営者であるBP社が委託した民間警備会社が担当していた」という。
■ 12a09.WorldPressによれば、武装集団は1月16日未明、リビア国境沿いで警備の手薄な砂漠地帯から国境警備の隙を突くように侵入し、アルジェリア政府公用車を偽装した車両で移動し、メンバーの一部は軍服を着ていたという。軍の警戒網を避けるため幹線道路の使用も控えていたと伝えている。

 <警備体制の状況> 
■ 前述のようにガスプラント内、居住区、外門の警備はBP社の委託した民間警備会社が行っていた。
 BBCは、ゲートとガスプラント内のパトロールは民間警備会社が行っていたと報じている。また、読売新聞も、施設警備はアルジェリア政府と施設を運営する外国企業との合意に基づき、民間警備会社が担当し、軍や治安警察は施設内部の警備に関与していなかったと報じている。
 一方、施設に出入りする車両の警護のため、20~30名の憲兵(政府治安部隊)が常駐していたが、車の警護をするだけで、武装集団の侵入には無力だったという情報や、入り口は軍が、施設内は民間会社が警備していたという情報があるが、少なくとも事件当日は軍や警察の警備はなかったと思われる。
■ 前述のAFPの掲載した図では、道路右側にアルジェリア軍キャンプと記された場所があるが、ここがアルジェリア軍の駐在地と思われる。軍(あるいは憲兵)の施設警備に関する役割ははっきりしない。
 同様に、前記のBBCの掲載した地図では、道路左側に警備所(セキュリティ)と記された場所があるが、この詳細を説明した情報はない。NHKによると、「施設の手前で、施設内に拠点を置く武装警察が検問所を設けて出入りを管理していた」というBP社の広報担当の話を報じている。警備所はこの地元警察の駐在地であるかもしれない。しかし、武装警察に関する情報は何もなく、当日駐在していたか疑問が残る。
■ 民間警備会社の警備員は銃を携帯していなかった。NHKによると、軍は民間の警備員に銃を持たせるように求めていたが、BP社は施設の内部での銃の使用は安全上の問題があるとして、警備員が銃を持っていなかったと報じている。アルジェリア国内では、民間警備員が武装していなかったことが危機管理上の問題だったという意見が出ている。
■ 読売新聞によると、外門を守る警備員は身分証明書や車内の確認しかしないという元人質の証言を伝えている。
■ 読売新聞によると、日揮も独自に地元の民間警備会社2社と契約を結んでおり、事務所のあるプラント区域と居住区域に各2名の警備員を配置していた。神奈川新聞によると、日揮は本社に24時間体制で海外スタッフの危機管理を支援する部署を設置していたが、今回は想定を超えるものだったと同社広報部長の談を伝えている。

 <非常事態発生時の警備対応状況> 
■ イスラム武装集団がガスプラントを襲撃した際、正門を警備していた警備員が非常事態用「警報ボタン」を押して、施設内に「警報」を鳴らして、構内にいる人に危険を知らせた。
 産経ニュースによると、民間警備会社の警備員のムハンマド・ラハマルさんは事件発生時、正門を警備していたが、武装集団に開門を命じられたが応じず、警報ボタンを押した。その直後、ラハマルさんは銃撃され、死亡したという。アルジェリア人唯一の死者となったラハマルさんの行動を地元メディアは英雄的と賞賛しているという。
■ 産経ニュースによると、「警報」を受けて多数の従業員が現場から脱出し、ガスプラントは安全対策のために一部で稼働を停止させたと報じている。 

 <警備強化の動向> 
■ 1月30日、英国キャメロン首相はアルジェリアを訪問し、セラル首相と会談し、テロ対策に向けた連携強化について確認しあった。 

 <テロに関する事前の情報> 
■ NHKは、「生かせなかった警告」として、2112年12月にインターネットに掲載されたビデオ声明が各国の治安当局者の注目を集めていたと報じている。声明を出したのは「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」に所属していたモフタール・ベルモフタールが「血判部隊」という新しい組織を結成し、欧米への聖戦を宣言したというものだった。
 同記事には、「日本が再び狙われる懸念も」として、日本の中東専門家から寄せられた1つの仮設を紹介している。テロリストからみて、日本は格好のターゲットになっているのではないかという見方である。その理由は、①現地職員の背景調査などのセキュリティ・チェックの甘さ、②情報管理の緩さ、③国際的にみれば過剰なほどの敏感な反応、だという。以上のような点から日本は攻撃しやすく、圧力もかけやすいとみられる恐れがあるという。テロリストの冷徹な目に、日本人、日本企業、日本政府はどう映っているのか、検証する必要がある。

所 感
■ 今回、ガスプラントの警備情報をまとめてみて感じたのは、標準的な警備状態ではあったが、テロや外国人誘拐事件が起こっている国情の警備としてはやはり甘かったという印象である。外務省の安全ホームページによれば、2011年アルジェリアのテロ発生件数は203件だという。さらに、201212月には、今回襲撃したイスラム武装組織が結成され、インターネットで声明を出している。砂漠の中のプラントで、幹線道路を外せば、どこからでもアクセスは可能であり、人質拘束を目的とすれば、イナメナスからでも45kmも離れた所に居住区とガスプラントが一箇所に集まり、銃を携帯しない警備員体制という状況は、テロリストから見て襲撃しやすいと感じてもおかしくない。この点、結果論であるが、英国BP社(およびスタトイル社とソナトラック)の判断は甘かったと言わざるを得ない。おそらく、自爆テロや不法侵入レベルを想定し、今回のような重武装の集団による正面攻撃によるテロを想定していなかったものと思われる。
■ 日本では、海外駐在の日本人労働者の安全についていろいろな意見が出されている。それはそれで大切なことであるが、振り返って国内の足下を見るべきである。2001年、米国の9.11多発テロ事件以降、日本でもテロ対応が叫ばれ、国民保護法が制定され、国内のいろいろな所に「テロ対策中」の看板があり、表面上は対応されているように見える。しかし、本当に万全なのだろうか。
 20055月、北海道電力の泊原子力発電所の敷地内に、山菜採りの業者らが侵入していたことがわかった。業者らが侵入したのは重要な「防護区域」の外側で、電力会社が自主的に管理・監視する「周辺監視区域」だったといわれるが、テロ対策強化の必要性が改めて問われる事件であった。
 日本ではテロは起こらないという雰囲気があり、予断がある。原発の安全神話と同じである。砂漠と同じような海に面してアクセスの容易な日本でテロが起こらないという保障はない。テロリストは思いつきで場所を選ぶのではない。重要施設で警備に最も弱点のある所が狙われるのである。 

後 記: 今回は世界から注目された事件だけに、さすがに情報量は多いものでした。 しかし、欲する警備状況の情報は断片的で多くはありませんでした。また、元人質だったアルジェリアの人の談話が流されていますが、人によってまったく違う内容であったり、場合によっては同じ新聞社で違った記事が掲載されたり、整理するのに迷いました。
 余談ですが、今回の事件に対して当事者である英国のBP社、ノルウェーのスタトイル社、日本の日揮のホームページについて感じたことです。事件発生の第一報は各社とも同じ頃に同じような内容(事件発生のみ)でした。その後のニュース・リリースは違ってきます。最も頻繁で丁寧に情報公開したのはスタトイル社です。さすがにリスクマネジメント専門のERM社にコンサルティングを頼んだ会社だと感じさせます。英国のBP社も続報を伝えています。日揮は続報がなく、事件が収束したあとに「アルジェリア事件に対するお悔やみおよび献花の御礼」のニュース・リリースだけでした。テレビや新聞では広報部長が発表していましたが、ホームページのニュース・リリースにも掲載すべきだと思いました。







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