このブログを検索

2013年3月23日土曜日

米国ウッドブリッジ・タンク火災(1996年)の消火活動

 今回は、過去のタンク全面火災で消火に成功した事例を紹介します。1996年6月11日、米国ニュージャージー州ミドルセックス郡ウッドブリッジにある石油ターミナルの内部浮き屋根式タンクに落雷があり、外部屋根が噴き飛び、浮き屋根が沈没し、全面火災となりました。発災してから28時間の消火活動後、第3次攻撃によってやっと鎮火に成功した事例です。
本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいて要約したものである。
  ・FireWorld.com, New Jersey Firefighters Battle 28-Hour Gasoline Storage Tank(1996)
      ・Msb.se, Tank Fires Review of fi re incidents 1951–2003, 2004
      ・MHSwebTVPrintig.tripod.com, Tank Fire, Shell Oil Company, Sewaren Plant, June 11-12,1996
      ・NYTimes.com,  Lightning Bolt Start Blaze in Fuel Tank in New Jersey,  June  12, 1996 

 <事故の状況> 
■  1996年6月11日(水)午後4時45分頃、米国ニュージャージー州ミドルセックス郡ウッドブリッジにある石油ターミナルのタンクに落雷があり、火災を起こした。落雷があったのは、アーバー通り沿いのシェル・オイル社石油ターミナルにある17基のうちの1基で、容量420万ガロン(15,900KL)の内部浮き屋根式タンクで、300万ガロン(11,400KL)を貯蔵していた。落雷後、タンクの大きな鋼製屋根が空中へ舞い上がった後、青黒い煙が立ち昇り、オレンジ色に輝き、真っ赤な炎が150フィート(45m)まで上がった。炎と黒煙は数マイル離れた所からも見えた。
(写真はMhswebTVPrintig.tripod.comから引用)
写真はMhswebTVPrintig.tripod.comから引用
■ 百人を超える消防隊がシェル・オイル社の石油ターミナルの現場へ出動した。この中にはニューヨーク市の消防艇も駆けつけた。消防隊の装備では、火災をすぐに消すことができたかったが、消火用水としては近くにあるアーサーキル川からも取水することができ、すでに塗装が剥げ始めた隣接タンクに冷却して、火災の拡大防止に努めた。
■ 当局によると、負傷者は出ていなかったが、石油ターミナルの近くの住民約200人に避難指示が出された。
■ シェル社のプラント監督者であるデイブ・ヒルドレス氏によると、落雷対策としては石油ターミナルの全タンクを接地しており、地中にケーブルを埋めているという。ヒルドレス氏は、16年間勤めているが、落雷によってタンクが火災になった話は聞いたことがないと語っている。
■ 消火活動は難航を極め、28時間のあと、 能力2,000ガロン/分(7,580L/分)の泡放射モニター2台を使用して火災の鎮圧に成功した。

 <消火活動の状況> 
= 基本情報 =
 ● タンク型式          内部浮屋根式タンク
 ● 直径(D)、高さ(H)、面積(A)  D=42.7m、H=12.2m、A=1,430㎡
 ● 容 量               15,900KL
  ●  油 量               11,400KL
 ● 油 種               ガソリン 

= タンク火災消火活動の関連データ =
 ● 設備のタイプ     2,000gpm(7,580L/min)級モニター2基  
 ● 泡薬剤のタイプ   AFFF(水成膜泡)
 ● 予燃焼時間     18~20時間(1回目の泡放射活動までの時間) 
 ● 泡放射量       10.6 L/㎡/min
 ● ノックダウン時間   不詳
 ● 消火活動時間    最終の泡消火活動から2時間(2時間半?)
 ● 泡薬剤の消費量   不詳

=火災の状況=
■ ニューヨーク市消防署のリック・シャスコさんは歴史的な“巨大なコイン” の目撃者となった。シャスコさんは火災のあった石油タンクターミナルの向かい側にあった友人の家を訪問していた。シャスコさんは、「近くに雷が落ちたと思い、すぐに外へ出てみたよ。そしたら、タンクの屋根がはためくように空中に150フィート(45m)ほど上がった。それから、屋根が横向きになってスライスのように降りてきた。ちょうどギロチンみたいにね。そして、元のタンクのところへドンと落ちたと思ったら、まわりが炎と煙に覆われた」と語った。
写真はMhswebTVPrintig.tripod.comから引用
 “巨大なコイン”が着地したことは、ミドルセックス郡ハズマット班(危険物質班)のリチャード・コップ氏にとってある面ラッキーだったといえる。というのも、最終的に28時間に及ぶ激しい火災を鎮圧する上で解決の糸口となったからである。

=消防体制=
■ 84の消防署から消防隊が出動し、中には遠いニューヨーク市から駆けつけた消防隊のほか8社の工場消防隊が応援に加わり、タンクの消火活動に共同で当たった。この中には、コップ氏を含むミドルセックス郡ハズマット班の35名のメンバーもいた。このハズマット班は、約66万人の人口と約4,300工場を抱える330平方マイルのエリアを管轄していた。
 コップ氏は、「公設消防で保有している消火資機材では足りません。限界だと口では言えませんでしたが、実際のところそうでした。私たちは電話をかけまくって、州の中で必要な消火資材をもっていそうなところから取り寄せようとしました」と語った。しかし、コップ氏によると、実際にはコンビナート工場で消防資機材を入手することが難しくなっていたという。工場縮小や閉鎖のため、消防隊を保持する工場の数は減少し、相互応援協定だけに参加しているところもある状況だった。
 コップ氏は、「2・3年前、相互応援で参加できるグループは13箇所ありましたが、今や6つに減り、じきに4つになってしまいます。テーブルは一層小さくなります。この地区で供給できる泡剤や活用できる機材は毎年、少なくなっています。特定プラントの必要仕様に応じたものだけが調達されるようになっており、それは、おそらく、6月11日に発災した石油ターミナルで必要なものよりずっと少ないものでしょう。今回の火災では、はるかに多くの消防資機材が必要でした」と語った。

写真はMhswebTVPrintig.tripod.comから引用
=消防資材機材の配置=
■ 「最終的に消火へ向かって活動しましたが、いくつかの問題がありました」とコップ氏は話した。
 11日の午後、ウッドブリッジの町を小さいけれども激しい雷雲が通過していき、電力線に雷が落ち、構造物の火災が多発した。午後4時15分、 ウッドブリッジのセヴァアン地区にある17基のタンクを有する石油ターミナルのタンク139番に落雷があった。燃えた油から立ち昇る煙は3,000フィート(900m)の高さにまで達した。石油ターミナルは住宅地と隣接しており、近くの住民約200人が避難を強いられた。さらに悪いことには、この地区を通過した嵐によって近くの製油所で加熱炉火災が起こった。火災はすぐに消火されたが、この影響で石油ターミナル火災に対する消防資機材の配置が遅れてしまった。
■ コップ氏は、「最初の心配事から私は現場におよそ9分ほどいました。消防隊の人たちと話して私が下した最初の結論は、おそらく3日間はここに居ることになるだろうということと、その間に必要な消火資機材を計算すべきだということでした」と語った。
 コップ氏は実際の現状から悲観的な評価を下した。火災となっているのは、直径140フィート(42.7m)、高さ40フィート(12.2m)の鋼製タンクである。鋼製の外部屋根は、爆発によってめくれ、半分は燃えているタンクの内側に横たわっている。内部浮き屋根はタンクの底に沈んでいる。防油堤はタンク単独ではなく、5基のタンクの共通防油堤で、タンク139番はちょうど真ん中に位置していた。隣接するタンクにはガソリンが貯蔵されており、量はそれぞれ異なっていた。この4基のタンクは、真ん中の火災タンクから75フィート(22m)しか離れておらず、すでに輻射熱の影響を受けていた。隣接する4基のタンク内の油を抜くべきかという問題が浮上したが、一旦、油を抜くと、タンク上部に爆発混合気が溜まる恐れがあるという意見によって液位を保持することになった。
写真はMhswebTVPrintig.tripod.comから引用
■ 防油堤の堤際からタンク139番の中央まで泡を放射するには、270フィート(82m)の距離があった。このことは、持ち合わせの放射モニターでははるかに届かないということであった。州の中で使用可能なすべての消防機材が消防隊によって配置されたのは、発災翌日の午前10時だった。しかし、火炎に対して攻撃できるだけの十分な泡剤はまだそろっていなかった。従って、最初は確実な守備的(ディフェンシブ)戦略がとられた。消防隊は、備え付けの地上放水銃に沿って、放射用モニターを使えるように配置した。全タンクをカバーするため、4つに区分し、各防油堤に1台ずつ配置した。
 各モニターやノズルへの水は公共消火栓ラインおよびアーサーキル川から取り、5インチ径ホースを5本つないで供給した。石油ターミナルの塩水防火システムを補完するため、ニューヨーク市消防から出動した消火艇を近くのドックに繋ぎ、システムへ供給するようにした。しかし、その後、塩水防火システムの配管が壊れたため、消火艇からの供給は配管からホース系統へ切り替えた。

写真はMhswebTVPrintig.tripod.comから引用
=第1次攻撃=
■ 事業所、公設消防、応援の工場消防隊による指揮所の作戦会議の中で、火災を消火する攻撃的戦略をとるプランが決まった。コップ氏はその時のことについて、「われわれ公設消防、事業所、その他のメンバーが一堂に会して、その日の朝、泡による攻撃を行い、物理的に消火させるという決断をしました。うまくいかない可能性もありましたが、消火を試み、元の平常に戻すという決定を行いました」と語った。
 最大のハードルは消火泡の放射距離だった。消防隊は、2,000ガロン/分(7,580L/分)の能力を持つ泡放射モニター2台を防油堤に設置し、別な方向から放射するようにした。最初の攻撃ではかなりの泡が防油堤内に落ちたが、火災の勢いは徐々に弱まっていた。それから、風によって放射した泡が火災面を覆い、火はほとんど消えかかっていた。ところが、供給していた泡用ポンプ車2台のうち1台が機械的な問題を起こし、止まってしまった。この時のことをコップ氏は、「1台だけでは、泡のブランケットを保持できません。泡を無駄にしますが、2台の泡用ポンプ車を停め、修理が済むまで待つという決断をしました」と語った。
2,000gpm(7,580L/min)
泡放射モニターの例 

=第2次攻撃=
■ つぎに、第2次攻撃時に風向きが変わり、泡がほとんどタンク面から消え、攻撃が台無しになった。コップ氏は、「風が変わり、今の泡放射モニターの位置では、作業継続が難しい場所だということがわかったので、2時間ほどかけて泡放射モニターの配置を変え、ホースを展張し直しました」と語った。

=第3次攻撃=
■ 州警察のヘリコプターをタンク上空へ飛ばした後に得た情報から、新しく計画に見直した。第3次攻撃では、消防士を防油堤内へ入れ、泡放射モニターを堤内の地上に配置した。この計画は、消火泡を空中高く弧を描くように放射し、タンクの反対側にある落下して立てかかっている鋼製のタンク屋根を目標とした。消火泡は放物線を描いて空中を飛び、屋根に当たってタンクの中に注ぎ込まれた。第一線の消防士は、輻射熱のため、10分間のローテーションで交代した。午後6時から始めた攻撃は午後8時頃に制圧下に入った。泡薬剤の供給量に不安を抱えていたにもかかわらず、6月12日(木)午後8時30分、火災を鎮火させることができた。タンク内には、300,000~500,000ガロン(1,100~1,900KL)のガソリンが残った。
 コップ氏は、「第3次攻撃はうまくいき、再び穏やかな闇になりました。もし、第3次攻撃がうまくいかなかったら、我々は、一晩中、座って油が燃え尽きるのを待つだけでした」と語った。

=火災消火の助言者=
■ 石油ターミナルの事業者は、火災消火の助言を得るため、ヒューストンから専門家を呼んでいた。ニューヨーク・タイムズ誌によると、コップ氏があげるもうひとりの専門家はウッドブリッジ消防署の署長であるノーマン・リーヒ氏である。リーヒ氏はテキサスA&M大学の石油火災消火コースを受けている。

補 足
■  「ニュージャージー州」は米国東部の大西洋沿岸にあり、人口約880万人で、州都はトレントンである。
州の北東にハドソン川をはさんでニューヨークと接し、南西にフィラデルフィアと隣接しており、古くから2つの都市を結ぶ回廊として発展してきた。
 「ウッドブリッジ」は、正式には「ウッドブリッジ・タウンシップ」で、ニュージャージー州北部のミドルセックス郡にあり、人口約99,000人の郷である。この地区には多くの石油ターミナルがあり、2012年10月に襲来したハリケーン・サンディによってモーティバ・エンタープライズ社セヴァアン・ターミナルから油が流出するという事故は、当ブログでも紹介(「米国ニュージャージー州でハリケーン襲来後にタンクから油流出」)した。

■  「シェル・オイル社」 (Shell Oil Company)は、多国籍石油会社ロイヤル・ダッチ・シェルの子会社で、米国をベースとし、テキサス州ヒューストンを本拠地とする。社員は約22,000人で、米国内にシェル・ブランドのガソリンスタンドを約25,000箇所有する石油メジャーである。ニュージャージー州ウッドブリッジに石油ターミナルがある。2012年10月のハリケーン・サンディによって油流出したモーティバ・エンタープライズ社のセヴァアン・ターミナルは近くにあり、ロイヤル・ダッチ・シェルとサウジ・アラムコの合弁企業で運営されている。
シェル・オイル社の石油ターミナルで火災を起こしたタンク(矢印)は今では撤去されている。 
現在のシェル・オイル社ウッドブリッジ石油ターミナルの風景
タンクと住宅地が近いことがわかる。また、境界近くの防油堤は土盛りである。
(写真はグーグルマップ・ストリートビューから引用) 
■  「ミドルセックス郡ハズマット班(危険物質班)」 (Middlesex County Hazardous Materials Unit)は、ニュージャージー州ミドルセックス郡庁に所属する機関で、危険物質の緊急事故処理を行う専門部署である。1979年と早い時期に6つの自治体が共同して設立されており、通常、ハズマット隊は消防署に所属するが、ミドルセックス郡では1981年から郡庁のサービス機関として24時間体制をとっている。
ミドルセックス郡ハズマット班の装備車と緊急処理作業の例 
所 感
■ 今回の情報は実際の消火戦略と消火戦術について語ったもので、この種の情報は少なく、参考になる。長時間の消火活動になると、いろいろな難題な条件が出てきて、事例のように第1次、第2次攻撃の失敗後、防油堤内に前進して泡放射モニターを設置するというリスクの是非を判断するような場面も出てくるのである。
■ 今回の消火活動では、従来の化学消防車や高所放水車で鎮火できないという判断があり、大容量泡放射モニターと泡薬剤の到着を待っている。現時点では当然の考え方であるが、1996年時点ですでにこの判断をしていることに感心する。日本が大容量泡放射砲の必要性を知るのは、2003年十勝沖地震後の北海道製油所ナフサタンク火災の経験からである。ウッドブリッジ・タンク火災と北海道製油所タンク火災を比較してみると、つぎの表に示すようにほぼ同じ規模の消火活動だったと思われるが、違いは大容量泡放射砲の有無である。

北海道製油所ナフサタンク火災(2003年)における泡放射の状況 
■ 現在、日本も大容量泡放射砲システムが配備された。しかし、問題ないかというと、必ずしも万全ではないように思う。ウッドブリッジ・タンク火災では、2基の大容量泡放射砲の流量は15,100L/分であり、泡放射量では10.6 L/㎡/minに相当する。この泡放射量でも難航している。最近は、泡放射量を増やす傾向に変わっており、どのタンクでも10.0 L/㎡/minを確保するという考え方もある。この点において、日本の現在の法令では、中規模タンクの必要泡放射量は少ない。例えば、ウッドブリッジの火災タンク規模である直径34~45mの浮き屋根式タンクに必要な大容量泡放射砲は能力10,000L/分×1台である。これは泡放射量として6.2~7.1 L/㎡/min相当である。確かに、米国グレンプール・タンク火災(2006年)では、7.8 L/㎡/min相当の泡放射量で消火できている例もある。日本では地区ごとに大容量泡放射砲システムを配備するようになっており、実際の火災に遭遇した場合、法令の基準だけに頼らず、タンクの大きさ、必要な泡放射量、使用可能な大容量泡放射砲、天候などの情報を元に、的確な戦略の判断が必要である。



後 記: 東北・北海道では大荒れの天候が続いており、地元山口でも寒くて変な天気が続いていたら、急に暖かくなり、桜が開花し始め、東京・横浜では満開というニュースが流れています。例年だと、西から東へ桜前線が流れていくのに、今年は変ですね。家の近くの周南緑地では、山桜は咲きましたが、ソメイヨシノは咲き始めです。梅の花がまだ残って「三春」になりそうだし、黄色の菜の花が急に咲き、同じく黄色いレンギョウが慌てて咲き、何かまだ砂上なのに○○○ミクスに浮かれた花が咲いているような気がして、いつもの日本の春とはいえない三月ですね。






0 件のコメント:

コメントを投稿