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2013年6月28日金曜日

タンク火災時の冷却水の使い方

 今回は、実際の事故情報でなく、過去の体験をもとに、タンク火災時において冷却水をどのように使うのがよいかについて書かれた資料を紹介します。
(写真はFireWorld.com, COOLING WATERから引用)
本情報は「Industrial Fire World」に掲載されたつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・FireWorld.com,  COOLING  WATER   Best Practice for a Tank Fire, Volume22, No.6,2007

■  あなたは、タンク火災時に、いつ、どこに冷却水を使用するか?  この質問は、長年、プロの消防分野の人たちの間で熱い議論の対象になっている。

■ 消防関係者は、大火災に対応するためには、もっと水の供給能力を高めたい、もっと多くの消防車がいる、もっと新しい消火設備を欲しいと思いながら、長年勤めてきた。タンク火災、つまり規模が大きく、長期戦になるタイプの火災では、たくさんの水を使いたいと誰もが思うことである。しかし、水の使い方を誤れば、無駄に水を消費するだけでなく、事態を悪化させるような問題を引き起こしかねないのである。

■ 24時間を超えるような火災の場合、水を無駄に使い過ぎて無くなってしまうことを避けるために、火災の制圧を強行することは認められる。従って、このような状況では、水を使用すべきである。

■ タンク火災の場合、大量の冷却水を使用する理由は大きく分けて3つある。火炎衝突の火勢を弱めること、輻射熱を弱めること、火災タンク側板の座屈を防ぐことの3つである。つぎに重要な順番に各項目毎にみていく。

① 火炎衝突の減少
■ 最初に到着した消防隊が火災を見て第一に評価すべきことは、隣接するタンク、配管、ポンプに火炎衝突があっているかどうかの状況である。火炎衝突によって炎が他の設備に直接当たっている場合、冷却水による放水をすぐに開始し、炎の当たっている他の設備に直接水をかける。火炎衝突があっている場合、炎の当たっている箇所に、できるだけ早く、正確に冷却を行う必要がある。

② 輻射熱の減少 
■ 隣接タンクや配管が輻射熱に曝されている場合、これらの設備を冷却するために冷却水を使用すべきであるが、即座に行う必要はなく、時間的に余裕はある。輻射熱の曝露対策の方法は、隣接するタンク、配管、ポンプへ直接、噴霧水をかけて冷却する。このとき、水は冷却だけを目的にして使用しなければならない。以前、ウォーター・カーテンと呼ぶ噴霧ノズルで空気中へ散布する方法を設計した人がいる。これは、火炎と曝露される対象物の間に置いて、輻射熱の曝露対策にしようと考えたものである。しかし、残念ながら、タンク火災のような非常に大きな量の輻射熱に対しては十分機能することができなかった。ある物を冷却する必要が出た場合、冷却は空気中で行うのではなく、直接、その物に行うのがよい。

③ タンク側板の座屈防止 
■ 冷却水を大量かつ浪費的に使用するケースの一つが、タンク液面より上の側板部が座屈して崩壊しないように、火災面より上のタンク側板上部に噴霧水をかけることである。側壁を垂直に保つ大きな理由は、側板がタンクの内側へ垂れ下がらないようにし、最終的には燃焼面に浸からないようにすることである。もし、側板が座屈して折れ曲がり、燃焼面まで垂れ下がると、トンネルができてしまい、消火のために火災面に打ち込んだ消火泡の広がらない箇所ができてしまう。特にたん白系泡剤を使用する場合、側板が座屈して折れ曲がらないように保つことは重要である。たん白系泡剤はトンネルのような箇所があると、泡が広がりにくい。AFFF系泡剤(水成膜泡)を使用する場合、側壁を保つことをそれほど重要視しなくてもよい。AFFF泡はトンネルの中でも広がりやすい泡剤である。たん白系泡剤はAFFF泡剤より固めで柔軟性に欠けるということを認識しておくことである。
 一方、燃え上がっているタンクでは、側壁をまっすぐに保つことはほとんど不可能である。思い出してほしいのは、タンクの側壁が極めて重い鉄材でできていることである。タンク内側の火炎によって真っ赤になるぐらい熱せられると、強度は著しく落ち、柔らかいパテ材のようになるが、重量は変わらないのである。側壁を垂直に保つことは極めて難しく、大量の水を消費してしまう。

 =原油タンクへの放水の危険性
■ 炎上している原油タンクへ冷却水や消火泡を浴びせることは、場合によって非常に危険なことがある。わずかな量の水であっても、防止壁を越えてくるような極めて大きなスロップオーバーの起こる可能性がある。原油におけるヒート・ウェイブと冷却水の組み合わせによって爆発を誘起することがある。もし、あなたが実際のスロップオーバーやボイルオーバーを見たことがなければ、その危険性を伝えることは難しい。

■ 冷却水や消火泡を放射する前に、防止壁の高さをかさ上げしておくべきで、できれば、防止壁の上に防波板を取り付けるのがよい。隣接する他のタンクや重要な設備のある側の防止壁は、優先してかさ上げや修正を行うべきである。

■ 炎上している原油の中に冷却水を入れる場合、つぎのように慎重に行い、間欠的に放射する。
 ● ヒート・ウェイブの状況を確かめること
 ● ヒート・ウェイブ層を壊すため、タンクの一方向側に泡立たせるようなヒート・ウェイブ層を意図的に作ること
 ● 泡攻撃を行う直前に、スロップオーバーが起こりそうかの状況を確認すること

■ 大量の冷却水を入れると何が起こるか?
 ● 炎上しているタンクへ水を放射すると、タンク底部の水の量が増えることになる。場合によっては、液面が上昇し、燃えている油がタンク壁を溢流し、防油堤内へ流出してしまうことがある。
 ● もし、このとき防油堤内に水が溜まっていたら、溢流してきた燃える油は水面上をあっという間に広がっていき、影響を受けていなかった隣接タンク、ポンプ、配管が直接、火炎を受けることになる。水面上で燃える油は水面に浮かんだ状態にあり、広がる速度は非常に速い。泡の放射体勢ができていない場合、燃えた油の広がりは速く、消防隊が対応する余裕もなく、他のタンクや配管の爆発を引き起こすこともある。
 ● 内部浮き屋根式タンクにおいて外部屋根が噴き飛んでいない場合、タンクの通気口を通じてタンク内へ水を投入することは比較的容易である。このとき内部浮き屋根が損なわれていない場合、水は浮き屋根上に溜まっていき、ついには屋根が部分的に沈んで、タンク上部に内液の可燃性ガスが溜まるようになる。このとき、タンクや防油堤内の火によって可燃性ガスに引火すると、タンク内で再び爆発を誘起することになる。


補 足
■ 「スロップオーバー」とは、放射した水が燃えている油の熱い表面にかかることによって、燃えている油がタンク側壁を越えてこぼれ散る現象をいう。 

■ 「ボイルオーバー」は原油がタンク内から突然、激しく噴き出す現象で、油の熱い層がタンク底に溜まった水と接触して起こす。燃焼面において出てきた残渣分(燃焼後に残った重質の粒子)はまわりの軽い油に比べて重く、この残渣分が表面レベルからタンクの底の方へ向かって沈んでいく。この燃えた油の比重の重たい熱い層は“ヒート・ウェーブ”と呼ばれ、最終的にタンク底に溜まっていた水の層まで達すると、水は過熱され、つぎに沸騰し、爆発的に膨張して、タンク内液が激しく噴出する。水から水蒸気へ変わるときの膨張率は、温度条件が通常の100℃の場合、1,700:1で、もっと高い260℃の温度条件の場合、膨張率は2,300:1となり、爆発的に膨張して噴出する。

  本ブログで紹介したクレイグ・シェリー氏の「Storage Tank Fire:Your Department Prepared?」(タンク火災への備え)によると、ボイルオーバーが起こると、おおざっぱにいうと、原油はタンク周囲からタンク直径の10倍の距離まで飛び散るといい、例えば、原油タンクの直径が75mの場合、タンクから750mのエリア内に原油が飛び散ると予想される。従って、同氏は、現場指揮所の位置、消防隊の配置、資機材の配備、医療トリアージ(治療優先順位の区分け)、安全区域について十分考えておく必要があると指摘している。

 実際のボイルオーバー火災事例としては、ポーランドのクゼコバイス火災事故(1971年)、英国のミルフォードヘーブン火災事故(1983年)などがある。ポーランドの事例は、直径33m×油面高さ11.7mのタンクで、5時間半後にボイルオーバーが発生している。 英国の事例では、直径78m×油面高さ約10mのタンクで、13時間半後にボイルオーバーが発生している。また、 1990年8月25日 米国テキサス州の原油タンク火災でボイルオーバーが起こった事例は映像が記録され、爆発の瞬間とその後に一目散に逃げる人たちがとらえられている。この事故では消防士など22人が火傷を負ったという。本文中の「実際のボイルオーバーを見たことがなければ、その危険性を伝えることは難しい」ということを補完できる映像である。
1990年テキサス州タンク火災におけるボイルオーバー発生の瞬間(左)と一目散に逃げる人たち(右)(写真はYourRepeat.com, Crude Oil Boilover Explosion から引用) 

ウォーターカーテンの例
(写真はCity.Yokohama.jp から引用) 
■ 「ウォーター・カーテン」は、地上配管あるいは架空配管に噴霧ノズルを並べて設置し、カーテン状の水幕を張って、発災箇所からの熱影響を減少させようとする装置である。化学プラントではプロセス装置間に設置される例があった。現在では、液化天然ガスの施設で使用される例がある。また、最近では、ウォーター・カーテン専用ホースが製作され、横浜市では木造密集地域の延焼拡大防止と避難路確保を目的に試験導入が実施されている。



所 感
■ 短い寄稿文で、冷却水のみに着目した内容であるが、興味深い点がある。
 一つは、冷却水の目的を、①火炎衝突の減少、②輻射熱の減少、③タンク側板の座屈防止の3つに分類した点である。“火炎衝突” は原文では“Direct Flame Impingement” となっており、いわゆる“炎が舐める”状況を指している。消火戦術と優先順位の観点から火炎衝突と輻射熱対策を分けて考えている。このように区分けすることによって戦いの真の“敵”をはっきりさせ、消火戦略を立てるということに結びつくのだと思う。 
 
■ 二つ目は、タンク火災の場合、輻射熱対策としてのウォーター・カーテンは効果がないと明言している点である。火災現場では、消火用水の供給には限界がある。たとえ、水源が海であっても、消火ポンプや消火配管・ホースの供給能力上、量は制限される。冷却水を必要最小限の量で、最大限機能を発揮させるためには、ウォーター・カーテンは必ずしも適した装置と判断しなかったものである。
 本文中では、輻射熱対策としての冷却水量について言及していないが、この点は本ブログで以前、紹介した「タンク火災への備え」を参照。
 
2003年ナフサタンク火災による側板座屈の状況
(写真はYomiuri.co.jp から引用) 説明を追加
■ 三つ目は、タンク側板の座屈によって燃焼面に“トンネル” ができ、泡拡散上の死角ができることへの配慮である。日本では、過去においてタンク側板が座屈するようなタンク火災がなかったが、2003年北海道十勝沖地震後に起きた製油所ナフサタンク火災によってタンク側板がどのように座屈するか理解し得た。このような側板が座屈して“トンネル”ができた場合、たん白系泡は十分機能しないという指摘は、失敗体験から出た貴重な知見である。





後 記; 5月から6月にかけて事故が多かったのですが、このところ事故情報がないので、以前から紹介したいと思っていた「タンク火災時の冷却水の使い方」の情報を投稿しました。本文中にボイルオーバーに関する記述があり、「補足」で少し補記しました。実際の事例でどのような状況で起こったかという情報もありますが、これについて述べると、散慢になりそうなので、やめました。別な機会に紹介したいと思っています。
 ところで、知人の中に「若者への応援歌」というブログを開設し、いろいろな情報や考えを発信しています。最近、「原発事故対応 リーダーシップの日米差 =日本型リーダーは何故敗れるのか?=」と題して、東電福島原発事故後、民間事故調査委員会を立上げてプロデュースした船橋洋一氏と作家の半藤一利氏との対談記事から危機管理のあり方について投稿しています。「最悪シナリオを真先に考えるアメリカ、 最悪シナリオをない事にする日本」など危機管理について人の面から示唆に富んだ話になっています。

2013年6月22日土曜日

東京電力福島原子力発電所の汚染水処理施設のタンクから漏れ

 今回は、2013年6月15日、福島県双葉郡大熊町・双葉町にある東京電力福島第1原子力発電所にある放射能汚染水処理装置である多核種除去設備(ALPS)のバッチ処理タンクからの汚染水漏れ事例を紹介します。
漏れのあった多核種除去設備(ALPS)のバッチ処理タンク    (写真は原子力規制庁の資料から引用
本情報はつぎのような情報に基づいてまとめたものである。
  ・Tepco.co.jp,  東京電力報道配布資料福島第一原子力発電所多核種除去設備(ALPS)バッチ処理タンク2Aにおける水滴の発見について, June 17,  2013
  ・Tepco.co.jp,  東京電力報道配布資料福島第一原子力発電所の状況, June 20,  2013
      ・Mainichi.jp, 福島第1原発:試運転のALPS、タンクから水漏れ, June 18,  2013
  ・NHK, 原発汚染水漏れ タンクに2つの穴, June 19,  2013
  ・Minpo.jp, 1系統のタンクに水滴, June 17,  2013
  ・Kahoku.co.jp, 福島第1汚染水水漏れ タンク底部に2ヵ所の穴, June 19,  2013

 <漏れ事象の状況> 
■  2013年6月15日(土)、福島県双葉郡大熊町・双葉町にある東京電力福島第1原子力発電所にある放射能汚染水処理装置である多核種除去設備(ALPS)の汚染水タンクから漏れていることがわかった。漏れたのはALPSの前処理設備にあるバッチ処理タンクで、大きさは高さ6m、直径3m、容量約33㎥、厚さ9mmのSUS316Lステンレス鋼製竪型タンクの下部にある溶接部から内液の汚染水がにじみ出ていた。
 (図は東京電力の報道配布資料から引用)

■ 東京電力によると、15日午後11時頃、試運転中の多核種除去設備(ALPS)を点検していた社員がA系列の前処理設備にあるバッチ処理タンク(2A)の受け皿に水滴の跡を発見した。タンク内には放射性物質を含む汚染水が入っており、漏洩の可能性があるとして、16日(日)午後6時過ぎ、水滴の確認されたA系列の停止操作に入った。タンク下には受け皿があり、水滴の外部への漏洩はないという。毎日新聞によると、水滴跡発見後、バケツに約370mL溜めて確認し、16日午後11時20分にラインを停止した。前処理設備は、放射性物質を除去する前に、汚染水に含まれる鉄やマグネシウムなどを溶剤で取り除く装置だという。
バッチ処理タンクの漏れ箇所 
(図および写真は東京電力HP報道配布資料から引用してまとめ直した)
■ 東京電力は、18日(火)に漏れたバッチ処理タンク(2A)について水抜きを行ったうえで外面調査を行い、溶接部の浸透探傷検査結果、2箇所の微小孔(ピンホール)を確認したと発表した。
 NHKによると、東京電力では、タンクを2012年7月に設置する前に溶接部分に孔がないことを確認しており、溶接作業が不十分だったために孔が開いた可能性があるとみているという。毎日新聞によると、東京電力は製造時か設置時に問題があったとみて調べていると報じている。

■ 東京電力は、20日(木)にバッチ処理タンク(2A)と同様の構造のバッチ処理タンク(1A)について浸透探傷検査を実施した結果、タンク表面の1箇所に液体のにじみがあったことを発表した。1Aタンクにも2Aタンクと同様のピンホールがあるものと考えているという。

補 足
■  「多核種除去設備」(ALPS Advanced Liquid Processing System)は、通称アルプスと呼び、高濃度汚染水から複数種類の放射性物質(核種)を同時に除去する装置で、東芝が開発して東京電力に納入したものである。ALPS2段階の除去システムを持ち、第1段階で重金属類を、第2段階で各種放射性物質を除去する構成となっている。第1段階は前処理設備と呼ばれ、鉄共沈処理を行い、α核種とCo-60Mn-54などを除去する。続いて炭酸塩共沈処理設備によって次のステップで用いる吸着塔において吸着を阻害するMgCaイオンを除去する。その後、第2段階として吸着塔において、除去する放射性物質の性質に応じた吸着剤(活性炭や樹脂など)を用いて種々の核種を除去するシステムである。ALPSはトリチウムを除く62種の放射性物質を除去できる。トリチウムは化学的に水に近い状態で、ろ過や脱塩、蒸留を行っても分離するのが難しいのが現状である。
 ALPSはA~Cの3系列が建設され、2013年3月末から試運転が行われている。汚染水漏れのあったA系列が先行してホット試験と称する試運転が実施されている。
               多核種除去設備(ALPS  (写真はFNNの映像から引用) 
        建設中の多核種除去設備  (写真は東京電力の資料から引用) 
■ 「バッチ処理タンク」は前処理設備の鉄共沈処理を行う主要設備で、後段の吸着材の吸着阻害要因となる除去対象核種の錯体を次亜塩素酸によって分解することと、水中に存在するα核種を水酸化鉄により共沈して除去する。このため、次亜塩素酸ソーダ、塩化第二鉄を添加した後、pH調整のために苛性ソーダを添加して水酸化鉄を生成させ、さらに凝着剤としてポリマーを投入する。このプロセス工程はバッチ運転で行われるため、 1Aタンクと2Aタンクの2基がある。
               バッチ処理タンク(右側) (写真は原子力規庁の資料から引用) 
  ALPSに使用する機器の材質選定にあたっては、使用環境条件が設定され、検討されている。「特定原子力施設監視・評価検討会 多核種除去設備に関する補足説明資料」(平成25年2月21日付け 東京電力作成)によると、バッチ処理タンクは、塩化物イオン濃度13,000ppm、常用温度60℃、最大流速1.7m/s、pH7.5~8.5の条件で、SUS316Lステンレス鋼が選定されている。(多核種除去設備全体で主にSUS316Lステンレス鋼が選定されている) 設計段階で材料の適合性について「使用環境を考慮し、孔食や応力腐食割れ等の評価を行い、使用環境に適合していることを定量的に示すべきではないか」という意見が出て、ステンレス鋼(SUS316L)の塩化物応力腐食割れ(SCC)、すきま腐食、孔食、全面腐食について評価された。 この評価結果、「“すきま腐食”が発生する可能性は否定できないため、“すきま腐食”が発生する可能性のある箇所について定期的な点検・保守を行っていく」とされ、「万一の漏えい対策として、当該部位のビニール養生および受けパン設置」の対応がとられた。
 なお、ステンレス鋼の塩化物応力腐食割れ(SCC)の評価については、熱交換器用304系ステンレスチューブの塩化物SCCが整理された通称「西野線図」が参考にされている。

 「バッチ処理タンク」は、いわゆる貯蔵タンクではなく、共沈処理を行う反応槽または攪拌槽の範ちゅうの機器である。今回、漏れたタンクの下部の写真を見ると、通常、この種の容器に採用される楕円状の鏡板でなく、円錐状になっている。理由は未確認であるが、コスト上の理由ではなく、共沈させたスラッジの抜き出しやすさを考慮して安息角を大きくとったものと思われる。しかし、このため、タンクの下部に溶接線が増える構造になっている。溶接部は工場で水張りによる漏洩検査が行われている。吸着塔系の溶接継手は浸透探傷検査が行われているが、タンク類は水張り試験のみである。 

■ 「バッチ処理タンク」系の溶接部損傷事例は初めてではない。2013年4月25日(木)、バッチ処理タンク上部の配管フランジ溶接部から漏洩している。原子力規制事務所がALPSの試運転状況を確認しているが、5月3日(金)に現地確認に入っている。同事務所の報告書によると、漏洩箇所は応急補修材のベロメタルによって補修されており、詳細は確認できなかったとある。配管の仕様や内部流体はわからないが、報告書には漏洩箇所と近傍配管の写真が掲載されている。
        タンク上部配管の漏れ箇所(ポリ袋で養生)                         近傍の同種配管(口径は異なる)
               (写真は原子力規制事務所の報告書から引用)  

所 感
■ 今回の溶接部漏れについて東京電力では、製作工場における溶接品質の問題だという見方を表明しているが、漏れ箇所の写真を見た方は、応力腐食割れ(SCC)ではないかと思われた方が多いのではないか。溶接線において1箇所でなく、2箇所の欠陥(ピンホール)が見つかっており、さらに2Aタンクだけでなく、1Aタンクにも1箇所の欠陥が見つかっている。東京電力は、設計段階において、溶接は工場で行い、高い品質を確保すると述べていた。このように同種溶接線から複数の漏れに至る欠陥が製作工場の溶接作業時に形成されていたとは考えにくい。運転時に起こったと考える方が妥当であろう。

■ バッチ処理タンクの仕様や運転条件を調べてみると、予想以上に苛酷な運転条件であることがわかった。単なる貯蔵タンクではなく、共沈処理を行うための槽であり、おそらく攪拌機が装備されていると思われる。確かに材料選定時に使用環境に応じた評価が行われているが、塩化物イオン濃度13,000ppmのみが腐食要因となっている。しかし、汚染水の中には塩化物イオンだけでなく、いろいろな腐食性物質が含まれていると思われる。また、バッチ処理タンクには、共沈処理のため、次亜塩素酸ソーダ、塩化第二鉄を添加した後、pH調整のために苛性ソーダを添加して水酸化鉄を生成させ、さらに凝着剤としてポリマーが投入される。これらの腐食要因については評価されていない。

■ バッチ処理タンクの下部は円錐状になっており、製作上、溶接線が増えた構造になっている。この溶接部には残留応力が形成しやすい。SUS316Lステンレス鋼は高級材料で、塩化物に対する耐食性は良いが、それは無垢の板やチューブの場合であって、今回のような残留応力のある溶接部では、応力腐食割れの可能性はある。

■ バッチ処理タンクの下部には共沈させたスラッジが生成する。溜まったスラッジの中で腐食による損傷が進展する可能性もあろう。タンク内では水酸化鉄を生成させるが、溶接部のわずかな凹凸部で攪拌による侵食の可能性も考えられる。ALPSのメーカーが過去にどの程度の化学プラントに関する運転・保全の経験や知見をもっているかわからないが、試運転から2か月余、これから潜在化していた問題が顕在化してくると感じる。



後 記; 今回、東電福島第1原発の汚染水タンクからの漏れという報道を聞き、また仮設用タンクが漏れたかと思いました。しかし、情報を調べていくと、簡単な原因ではないことがわかるとともに、ALPSという設備の運転はなかなか大変そうだということがわかりました。今回のバッチ処理タンクの漏れ事象について、東京電力は製作時の問題という見方を記者会見の場で示したようですが、これは表向きの話でしょう。少なくとも、メーカーの東芝は深刻な問題が潜在していると感じているはずです。ALPSの試運転は昨年の秋に予定されていたものが、やっとこの3月末から始まったばかりです。新しい開発プロセスで、条件が苛酷なALPSの運転がそう簡単にいくはずがないとはっきりいうべきだと思いますね。

2013年6月19日水曜日

米国テキサス州でまた落雷によるタンク火災

 今回は、2013年5月22日、米国テキサス州ジェファーソン郡にある石油タンク施設の貯蔵タンクに落雷があり、火災となった事故を紹介します。
テキサス州ジェファーソン郡で火災のあったタンク施設 
 (写真は12NewsNow.comから引用)
本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・KFDM.com, Lightning Sparked a Tank Fire,  May 22,  2013
    ・KFDM.com, Lightning Sparks Storage Tank Fire; Storm Leads to Power Outages,  May 22,  2013 
  ・Fox4Beaumont.com,  Tank Catches Fire in Jefferson County, May 22,  2013    
  ・12NewsNow.com, Lightning Sparks Tank Fire in Jefferson County, May 22,  2013 

 <事故の状況> 
■  2013年5月22日(水)、米国テキサス州にあるタンク施設で落雷による火災があった。事故があったのは、テキサス州ジェファーソン郡の高速73号線とラブレ通りの近くにある石油タンク施設で、貯蔵タンクの1基に落雷があり、火災となった。
矢印付近がジェファーソン郡の発災場所 
■ 22日の朝、ハリケーン並みの嵐がジェファーソン郡を通過していった。嵐は風が強く、落雷も激しかった。嵐の通過によって約2,000世帯が停電し、電力会社のエンタジー社は復旧作業に追われた。
                 黒煙を上げる火災現場   (写真は12NewsNow.com から引用) 
駆けつける消防車
(写真はFox4Beaumont.com から引用)
■ 火災は午前8時頃に起こったという。火災に伴い、近隣のボランティア型消防署が出動して対応した。出動したのは、ハムシャー消防署、ラブレ-ハネット消防署、ウィニー・ストーウェル消防署、チーク&チャイナ消防署である。ロッド・キャロル副保安官は、火災の激しい熱を受けて近づけなかったと話している。火災は3時間後の午前11時頃に鎮火した。

■ この火災事故による負傷者は出なかった。



補 足
テキサス州 
■ 「テキサス州」は米国南部にあり、メキシコと国境を接している州で、人口は約2,510万人と全米第2位である。
 「ジェファーソン郡」はテキサス州の東部に位置し、人口約25万人の郡で、郡庁はボーモントにある。郡名は米国大統領トーマス・ジェファーソンにちなんで命名された。

■ 「エンタジー社」(Entergy Corp.)は、2013年に創立100周年を迎えた電力会社で、テキサス州、アーカンソー州、ルイジアナ州、ミシシッピ州の280万の顧客に電力を供給している。本社はルイジアナ州ニューオリンズにあり、約15,000人の従業員を擁している。

所 感
■ このブログで4月下旬から5月上旬にかけて多発した落雷によるタンク火災事故「米国で9日間に3箇所のタンク施設で落雷による火災発生」に続いて、テキサス州においてまた落雷によるタンク火災が起こった。米国では落雷によるタンク火災はめずらしくなく、今回は雷雲を伴うハリケーン並みの嵐で住宅の停電が起こっており、タンク火災の状況については簡単に報じているという印象である。
 タンクの保有者、タンクの大きさ、タンク内液の種類など基本情報が報じられていないが、火災現場の写真を見ると、油井関連施設で1基のタンクに落雷し、隣接するタンク施設に延焼したものと思われる。設備がかなり激しく損傷しているので、爆発を伴った火災だったのではないだろうか。


後記; 今回も発災場所をグーグルマップで探しましたが、特定できませんでした。それにしても米国、というよりテキサス州は広くて、油田の多い国だと思いました。さらに、今、米国はシェールガス革命と言われ、新たな石油資源が大量に供給できる見込みがつき、エネルギー事情が大きく変化しています。閉鎖していた製油所が再操業するようになり、今回の情報でエンタジー社という電力会社の名前が出ていましたが、米国最大の電力会社であるデュークエナジー社(Duke Energy)がフロリダ州にある原子力発電所の廃炉をこの2月に決定しました。昨年10月に米国の中西部にある原子力発電所の閉鎖が発表されたのに続き、今度は南部のフロリダ州でも原子力発電所の廃炉が決定したということです。再び石油資源であるシェールガス発電への移行の流れです。

2013年6月15日土曜日

ブラジル・リオデジャネイロ州のタンク火災で死傷者8名

今回は、2013年5月23日、ブラジルのリオデジャネイロ州ドゥケ・デ・カシアスにあるペトロゴールド社の石油ターミナルで6基のタンクが火災となった事故を紹介します。
リオデジャナイロ州ドゥケ・デ・カシアスで起こったタンク火災 (写真はFireGeezer.com から引用)
本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいて要約したものである。
  ・Latino.foxnews.com,  1 Dead in Fuel Tank Fire in Rio de Janeiro,  May 23,  2013
      ・TheProvince.com,  Massive Fuel-depot Fire Breaks out in Rio de Janeiro; No Word on Cause, Injuries, May 23,  2013 
  ・GlobalNews.ca, Massive Fuel-depot Fire Breaks out in Rio de Janeiro,  May 23,  2013   
  ・FireGeezer.com, Spectacular Oil Storage Tank Fire in Brazil,  May 23,  2013
    ・Efe.com, 1 Dead in Fuel Tank Fire in Rio de Janeiro,  May 23,  2013
      ・JapanTimes,co.jp, Giant Fuel Depot Blaze on Northern Outskirts of Rio de Janeiro Kills One,  May 24,  2013 

 <事故の状況> 
■  2013年5月23日(木)午前11時頃、ブラジルのリオデジャネイロ州にある油タンク施設で6基のタンクが火災となった。事故があったのは、リオデジャネイロ州ドゥケ・デ・カシアスにあるペトロゴールド社の石油ターミナルで、少なくとも6基のタンクが炎上した。石油ターミナルは燃料油や潤滑油の物流基地として使われていた。この事故により、死亡1名、負傷7名の計8名の死傷者が出ている。火災は消防隊によって約4時間後に制圧された。
         リオデジャネイロ州ドゥケ・デ・カシアスの周辺   (写真はグーグルマップから引用)

■ ドゥケ・デ・カシアス市当局は、石油ターミナルで働いていた作業員1名が死亡し、他に7名がアダオ・ペレイラ・ヌエス病院に搬送されたことを確認しているという。死亡したのは43歳の男性で、救急車が到着したときには有毒ガスを吸い込んでおり、全身の90%に火傷を負って亡くなったものとみられる。
                 燃え上がるタンク群  (写真はJapanTimes.co.jpから引用) 
■ タンクからオレンジ色の炎が高さ50mほど空に舞い上がり、黒煙がもうもうと立ち昇り、火災の火は数キロメーロル離れたところからも見えた。テレビ局が上空から現場を撮影していたが、消防士が年老いた女性を介護しながら避難している姿や、近くに止まっていた燃料油ローリー車に炎上する状況が映し出されていた。
年老いた女性を介護して避難する消防士     タンク横に停車していたローリー車に延焼
(写真はFireGeezer.comの動画から引用) 

延焼防止のため住宅地に放水する消防車 
  
(写真はFireGeezer.comの動画から引用)
■ 午前11時に1基のタンクが火災になった後、5基のタンクに延焼し、1時間後には、隣接していた住宅地へ広がった。このため、爆発の危険性から消防隊は近づくことができず、また輻射熱によって数百メートルの位置まで退却せざるを得ず、消火は困難な状況だった。火災発生に伴い、6つの消防署が出動したが、貯蔵タンク近くで直接的な消火活動ができないため、消防隊は延焼防止を目的とした周辺の家の屋根や庭に放水する活動に留まった。消防署は、現場近くの6つの通りにある家の住民へ避難するように指示を出したほか、リオデジャネイロやテレゾポリスへ通じる高速道路を閉鎖するよう指示した。
        タンクから噴き出す炎  (写真はFireGeezer.comの動画から引用)
隣接する住宅地に拡大する火災              タンクの開口部から噴き出す炎
(写真はFireGeezer.comの動画から引用)

弱まってきた火勢
(写真はFireGeezer.comの動画から引用) 追加
■ ドゥケ・デ・カシアスのアレクサンドリア・カルドーゾ市長は事故の原因調査を命じ、「地元で暮らし、学校へ通っている地域住民にとって、このように時限爆弾を抱えているようなことは断じて許されない」と語っている。リオデジャネイロ州の当局者によると、ペトロゴールド社は操業するための環境ライセンスを持っておらず、すでに連邦警察によって家宅捜査されていたという。現地の操業は裁判所で係争中だった。 


補 足 
■ 「ブラジル」は、南アメリカにあり、正式にはブラジル連邦共和国で、連邦共和制の国家である。人口約19,700万人で、首都はブラジリアである。
 「リオデジャネイロ州」はブラジルの26ある州の一つで、ブラジル南東部の大西洋沿いに位置する。人口約1,540万人で、州都はリオデジャネイロである。
 「ドゥケ・デ・カシアス」(Duque de Caxias)は、ブラジルのリオデジャネイロ州の都市で、州都のリオデジャネイロ市と接する。人口約85万人で、石油精製や石油化学工業などの重要な工業を有している。

■ 「ペトロゴールド社」(Petrogold)は、 燃料油および潤滑油の地元の物流会社と思われるが、詳細はわからない。アラブ首長国連邦に同じ名前の石油会社があるが、関係はないと思われる。

■ ブラジルは自然環境の維持と保護のため、ブラジル環境省が国家環境プログラムや環境アスセメントに基づいて厳しく企業の資源開発に対する許認可を行っている。一方、環境保護局の「環境ライセンス」認可が厳しすぎ、プロジェクトの遅延やコストアップにつながっているという意見もあり、現政権は環境ライセンスの規制緩和を行い、国道や港湾整備、電力送電網や石油・天然ガス部門の開発加速化を図ろうとしている。

所 感
■ 石油ターミナルにある6つのタンク全基が火災になるという大きな事故である。しかし、報道される記事では状況を的確に伝えているといえないが、今回の事故では写真やビデオの情報が流れており、これらの映像によって現場の危機感が理解できる。しかし、事故原因はもちろん、油の種類、タンクの大きさ、発災の発端、死傷者と事故の関係、現地の声、消防署の発表、会社側の説明など基本的な情報がないので、危機管理上の貴重な事故情報としては内容に乏しい。現時点で言えるのは、事故の起こる要因はどこでも潜在しており、一旦、タンクが火災事故を起こせば、人に危害を加え、まわりに大きな影響を及ぼすことを示す事例だということである。


後記; 最初に発災場所をグーグルマップで探すことにしています。報道記事に詳しい場所が記載されていれば、簡単にわかりますが、そうでない場合、マップを動かして探します。今回は場所特定の情報に乏しく、高速道路沿いを追っかけてみましたが、わかりませんでした。報道の見出しに「リオデジャネイロ」とありますが、実際はリオデジャネイロ州の「ドゥケ・デ・カシアス」です。リオデジャネイロ市としては違うと言いたいでしょうが、有名料でしょうね。発災場所が特定できないと、何となく気持ちのおさまりが悪いので、日を改めて探すことにしていますが、結局見つからず、今回はあきらめました。

2013年6月9日日曜日

中国の大連製油所で残渣油タンクが爆発して死傷者4名

 今回は、2013年6月2日、中国遼寧省の大連にあるペトロチャイナ(中国石油天然気)大連石化にある残渣油タンクで、爆発・火災があり、4名の死傷者が出た事故を紹介します。
大連石化の残渣油タンクの爆発・火災事故で消火活動を行う消防隊 (写真はEnglish.Sina.comから引用)
本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいて要約したものである。
  ・English.Sina.com, Two Missing after Blasts at Dailian PetroChina Refinery,  June 2,  2013
      ・Best-News.us, PetroChina Dailian Petrochemical Company, a Joint Workshop No.939 Tank Fire Has Been Extinguished Fire,  June 2,  2013
      ・English.PeapleDaily.com, Oil Tank Blast Causes Casualties in NE China,  June 3,  2013
      ・Cina.org.cn, 2 Missing after Blasts at Refinery,  June 3,  2013
      ・English.CNTV.cn, Probe Underway into Dailian Oil Tank Explosion,  June 4,  2013
      ・FireDirect.net, Two Missing after Blasts at Dailian PetroChina Refinery,  June 4,  2013
      ・Best-News.us, PetroChina Dailian Enterprise 4 Years 5 Fires Casualties 8 Peaple,  June 3,  2013

 <事故の状況> 
■  2013年6月2日(日)、中国遼寧省の大連にある製油所の油タンクが爆発して死傷者を出す事故が起こった。事故があったのは、遼寧省大連甘井子区のペトロチャイナ(中国石油天然気)の大連石化分公司にある残渣油の貯蔵タンクで、爆発によって作業員2名が死亡し、2名が負傷した。 事故直後は2名が行方不明と報じられていたが、死亡が確認された。
■ 爆発があったのは、ペトロチャイナの大連石化プラント地区からすぐ近くにあるタンク地区にある2基の残渣油タンクが午後230分頃に爆発したと、中国中央テレビは海事事務所の劉(リュウ)氏の話を引用して報じた。人民日報によると、爆発は1基の残渣油タンクで起こり、その火炎によって隣接していた別なタンクが爆発したと伝えている。新華社は、火災は午後4時に鎮火したと報じている。
大連石化のタンク爆発・火災現場を見つめる住民   (写真はChina.org.cnから引用

■ 爆発音はかなり遠くまで聞こえた。発災現場周辺は、大きな煙に包まれ、黒い煤が飛散し、地面は油で覆われていた。火災現場から立ち上る黑煙は数キロメートル先からも見えた。劉氏によると、韓国船が近くの水域にいたが、爆発後すぐに沖に出たという。
 タンクは残渣油のタールなどを貯蔵するために使用されており、爆発当日はNo.939ワークショップと呼ばれるメンテナンス中だったと劉氏は語った。加えて爆発の原因はまだわかっていないという。ペトロチャイナの当局者によると、爆発のあったタンクは改修されており、同社が保有し、今年後半に生産を再開する予定だったという。
大連石化のタンク火災の状況   (写真はEnglish.PeapleDaily.com.cnから引用)
■ 発災時に現場には4人の作業員がいた。負傷した2人の作業員はただちに病院へ搬送されたが、医者によると、容体は厳しい状況だという。
■ 劉氏は、「施設は海岸沿いにあり、近くに住民はほとんどいないので、基本的に爆発による市民生活への影響はないでしょう」と話している。常時モニタリングでは大気や水質の汚染は認められていない。しかし、グローバル・タイムズの取材を受けた地域住民の二人は、濃い煙で刺激臭がしたといい、「真っ黒い煙が我々の家の方に流れてきたので、窓をしっかり閉めた」と話している。環境当局は、近くの海域に汚染はないが、近くの共同住宅地区ではヒュームによる影響がみられると言っている。施設近くの海域には予防措置としてオイルフェンスが張られ、地方自治体は近くの住民に窓を閉めるように呼びかけた。
■ 発災後、約100台の消防車と300名以上の消防士が現場へ出動し、消火活動を行った。それとともに大連市の李万才(リ・ウワンカイ)市長も現地を訪れた。市の緊急司令本部の関係者によると、事故の原因はわかっておらず、調査中だという。
大連石化の火災現場に向かう消防車 (写真はEnglish.PeapleDaily.com.cnから引用)

■ プラントの近くの住む漢林(ハン・リン)さんは、次から次に事故が起こっているので、プラントの安全性について心配しているといい、「できれば、プラントから遠く離れたところに引っ越したい」と話している。この3年間、ペトロチャイナの当支部では6回の火災を起こしている。当支部の前の総経理であった蒋凡(ジェン・ファン)氏は10年近く務めていたが、2011年8月に同ポストを解任された。また、4件の火災事故はヒューマンエラーだったとし、事故に関する責任者として34人の当局者が、行政上または党規律上、処罰された。
記者会見する大連市
 (写真はCCTVの動画からから引用)
■ 63日(月)、市当局は記者会見を行い、事故時の情報を提供し始めた。爆発は、4人の作業者が現場のタンクで何らかの作業を行っていたときに起こったという。大連市安全生産監督管理局の李浩(リ・ハオ)副局長は、「62日(日)の午後、ペトロチャイナ出口において残渣油の入ったタンク1基が爆発したため、近くにあった別なタンク3基が爆発・炎上するに至った。火災は2時間後に鎮火した」と発表した。爆発したタンクは、事故当日、検査とメンテナンスが行われていたという。
 事故による経済的な損失は大きい。李副局長は、「直接的な経済損失は580,000元(9,200千円)である。事故による環境汚染はなく、海への油流出もない」と語った。
■ 消防隊が撮影した現場の映像を見ればわかるように、突然の爆発はすさまじかった。大連石化で働く王光郁(ワン・カンユー)さんは、「爆発音は3回聞きました。2回目のときは背中に熱い空気の流れを感じました。そのとき、誰かが走り出しました。爆発の前には、私たちは近くの別なタンクで塗装作業をやっていました」と話している。
大連石化のタンク火災の消火活動状況 (写真はjp.xinhuanet.comから引用)
大連石化のタンク火災現場と消火活動   (写真はCCTVの動画からから引用
タンクへ接近する消防隊   (写真はCCTVの動画からから引用)

現場でクリーンアップ作業を行う作業員
 (写真はCCTVの動画からから引用)
現場では、クリーンアップ作業が行われている。これまで、会社側は爆発の原因について何も語ろうとしていない。過去の事故記録が示すように、今回の事故が最後になるかどうか住民は懸念をもってながめている。


<過去の主な事故記録> (2010年~2013年)
① 2010年7月16日 「大連パイプラインの爆発事故」
■  2010年7月16日午後6時50分頃、大連新港にあるペトロチャイナ系の大連保税区インターナショナル・ロジスティック社の原油パイプラインが爆発して火災となり、大量の原油が漏れ出した。このため、パイプラインや周辺の施設が延焼したほか、漏れた油の一部が近くの海に流出し、海が油によって汚染された。労働者の被害はなかったが、消防活動中に1名が行方不明、献身的な活動を行った消防士1名が重傷を負った。事故による資産の直接損失は223,301,900元(3,530百万円)であった。
 注記;事故原因は原油から不純物の硫黄や硫黄化合物を除去する脱硫剤をパイプラインに注入する作業を請負った業者が、タンカーからの荷卸を終了した後も、強い酸化剤を含む脱硫剤を流し続けたことが爆発を誘引したとされた。タンカーの荷卸し終了の連絡が、ペトロチャイナから脱硫剤の注入現場まで伝わらなかったうえ、脱硫剤自体の安全性も確認せず、安全作業規定もなかったという。流出した原油量は1,500トンを越え、大連新港は一時閉鎖され、油回収作業が行われた。
2010年7月16日、大連パイプラインの爆発事故   (写真はFireDirect.netから引用)

② 2010年10月24日 「撤去作業中に大連のタンクが爆発・火災事故」
■  2010年10月24日午後、大連新港にあるペトロチャイナ大連インターナショナル・ロジスティック社において同年7月16日に火災となったタンクの撤去作業中、タンク内にあった残油が着火し、火災となった。2度目となる火災だったが、負傷者は出なかった。
2010年10月24日、撤去作業中に大連のタンクが再び炎上(写真はEpochTimes.jpから引用) 

③ 2011年7月16日 「大連石化の減圧蒸留装置で油漏洩して火災事故」
■  2011年7月16日午後14時25分頃、ペトロチャイナの大連石化にある減圧蒸留装置の熱交換器から油が漏れて火災となった。ただちに消防隊が出動し、制圧した。この事故による負傷者はいなかった。
2011年7月16日、大連石化の減圧蒸留装置で油漏洩による火災事故
  (写真はJapanese.China.org.cnから引用)
大連石化の減圧蒸留装置の火災事故   (写真はJapanese.China.org.cnから引用) 
減圧蒸留装置の火災に対応する消防隊   (写真はJapanese.China.org.cnから引用) 
④ 2011年8月29日 「大連石化のタンクで火災事故」 
■  2011年8月29日午前10時6分頃、ペトロチャイナの大連石化にあるディーゼル燃料油用のNo.875タンクが火災を起こした。原因はわかっていない。火災は制圧され、事故による負傷者はいなかった。
2011年8月29日、大連石化のタンク火災事故  (写真はEpocTimes.jpから引用)
⑤ 2011年11月22日 「大連新港で落雷によるタンク火災」 
■  2011年11月22日、大連新港にあるタンク施設で落雷があり、タンク2基が火災となる事故があった。
2011年11月22日、大連新港で落雷によるタンク火災  (写真はEpocTimes,jpから引用)

補 足
■ 「中国」は、正式には中華人民共和国で、1949年に中国共産党によって建国された社会主義国家である。人口約134千万人で、首都は北京である。
 「遼寧省」は、中国東北部に位置する省で、人口約4,370万人、省都は瀋陽である。
 「大連」は遼寧省の南部に位置する地級市(地区クラスの市)であるが、経済的重要性から省クラスの自主権をもつ副省級市に指定されている。市区人口は210万人であるが、大連市域の総人口は約600万人を越えているといわれる。
 
■ 「ペトロチャイナ(中国石油天然気)」は、中国の国有石油企業である中国石油天然気集団公司( China National Petroleum Corporation:CNPC)の主要な子会社で、事業再構築の過程で、中国国内の資産や事業のほとんどを移譲され、民営化された石油会社である。ペトロチャイナは、2000年に香港証券市場およびニューヨーク証券市場に上場しているが、CNPCが株式の90%を保有している。
 「大連石化分公司」は「ペトロチャイナ」の大連における製油所・石油化学工場を操業する会社である。製油所の精製能力は10年前に22万バレル/日であったが、現在は40万バレル/日の規模に増強されており、製油所増強に伴い、製油所構内や大連新港地区にタンクが増設された。2010年のパイプラインおよびタンク火災事故は、この増強工事で建設されたものだった。

所 感
■ 重質油貯蔵タンクでの事故がまた起こった。今年になって、①2013年3月7日(木)、韓国の慶尚北道亀尾市にある韓国鉱油の重油貯蔵タンクの爆発事故、②2013年3月29日、中国山東省にある青州李浩恒石油化学社のスラリー(アスファルト)貯蔵タンクの爆発事故、③2013年5月21日、フィリピンのパンパンガ州アパリットにあるアスファルト・プラントのバンカーオイルタンクの爆発事故に続くものである。
 今回の事故原因は調査中であるが、人為ミスが関連していたことは明らかである。過去の事故からいえることは、重質油やアスファルトは引火しにくいという予断があり、ミスが重なったものであろう。

■ 今回感じることは、中国の情報公開がかなりオープンになったということである。2010年7月のパイプラン爆発事故時には報道管制が敷かれた。今回の事故情報の内容(質)は濃いとはいえないが、写真や映像が多く流れており、記事を補っている。これは、2010年以降の一連の事故によるペトロチャイナと当局の責任者処分によるものが背景にあると思われる。
 特に印象深いのは、発災タンクまわりにおける消防士の行動である。消防隊は、状況によっては危険な対応を最少人数で行うことがあるが、今回のように防油堤内に入って多くの消防士がタンクへ接近するということはない。これは消火戦略や消火戦術の考え方の違いがありそうである。消防士は兵士と同じで、敵となる火災に対してとる攻撃的な消火戦術だと思われる。消防士の献身的な行動であるが、2次災害を考えると、参考にすべき点ではない。


後 記; 情報公開について考えさせられた事例でした。中国の報道関係はかなりオープンに情報を流していますし、自治体の当局が記者会見し、テレビで放映されています。一方、当事者である民間会社がまったく沈黙しています。 このあたりに社会主義国家であることを感じますね。
 ところで、この事故をまとめているときに、東京電力福島第1原子力発電所で汚染水の地上タンクから漏水があったというニュースがありました。テレビや新聞が一斉に報じましたが、これは東京電力のまとめた報道陣向けの配布資料がもとになっています。当ブログの東京電力福島原子力発電所の地下貯水槽から汚染水漏れ」(2013年4月)で紹介したように、地下貯水槽はもちろん、地上タンクも、もともと土木工事の水の仮設保管用として設計されたものですから、漏れるのが当たり前という設備です。情報公開という観点では、テレビや新聞より東京電力が作成した資料の方がわかりやすいといえますので、報道陣向けの配布資料の1ページ目を紹介しておきます。