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2014年10月27日月曜日

石油貯蔵タンク火災の消火戦略 - 事例検討(その1)



 今回は、 「A-CERT」(シンガポール企業緊急対応チーム協会)がまとめた「Storage Tank Fire Fighting Strategies」(貯蔵タンク火災の消火戦略)の中で事例検討として行われた「ミルフォード・ヘブンの原油タンク火災事故(1983年8月)」の資料を紹介します。
(写真はyoutube.com Milford Haven Boilover」の動画から引用)
< 概 要 >
■ 1983年8月30日、火災はミルフォード・ヘブン製油所にある原油貯蔵タンクの浮き屋根上の一部から始まった。タンク内には60,000KL(約47,000トン)の軽質原油が入っていた。火災は屋根エリアの全面に広がっていった。火災の消火のために150,000ガロン(567,000リットル)を超える消火泡剤が使用されたが、火災は約50時間にわたり、25,000トンの原油が焼失した。タンクは関連配管類を含めて激しく損傷した。近くにあった2基のタンクは輻射熱を受けて損傷したが、延焼は免れた。

■ 火災では、重大なハザードであるボイルオーバーが2回起こった。この事象によって数名の消防士が重傷を負った。製油所の従業員には負傷者が出なかった。この事例検討では、大規模タンク火災の消火戦略上の疑問点を取り上げる。

<製油所の配置 >
■ 製油所の配置は図1を参照。図1には、発災タンクのほか、延焼した2基のタンクの位置を示す。発災タンクNo.011とサミア製フレアー間の道路上には濡れたシミ跡があった。発災タンクは直径78m、高さ20m、常用の容量が約94,000KLの浮き屋根式であった。タンクはB.S.2654(1973)の基準で製作され、屋根はポンツーン式シングルデッキ型で、シール機構はファイバーシールと亜鉛メッキ軟鋼製のパンタグラフ・ハンガー式のメカニカルシールだった。防油堤は掘下げ方式の幅90m×長さ180m、高さ5mの傾斜側壁型で、堤内容量はタンク容量の約110%だった。堤内南側は同様のタンクを設置するスペースが十分あったが、当時、このエリアは使われていなかった。
図1 製油所の設備配置
■ タンクの北側はレベルが高くなっており、約61m離れたところに容量22,630KLのタンク2基(No.609No.710)が設置されていた。発災時、タンクの1基には4,500KLの減圧軽油が入っており、もう1基には2,800KLの常圧軽油が入っていた。

■ 注目しておく点はタンクNo.011から108mのところにあるサミア製フレアーと主制御室である。天候は晴れで、よく日が照っていて暑く、南東の微風が5ノット(2.5m/s)で吹いていた。

< 事故前の状況 >
(1) タンク
■ タンクNo.011は浮き屋根式で、内液のレベルに応じて浮き屋根が上下し、タンク内で炭化水素の可燃性混合気が形成しないようになっていた。

■ しかし、浮き屋根式貯蔵タンクの屋根部にはベーパーが出てこないわけではない。タンク屋根と側板との間の円周シール部からベーパーがわずかに逃げており、浮き屋根上には炭化水素のベーパーが溜まることがある。この問題は、タンクが満杯で、タンク側壁のリム部より屋根が下がったときに増える。事故が起こる時点において浮き屋根には数か所の微小割れがあった。割れの長さは280mmを超えていなかった。しかし、事故の2・3日前から屋根に油の漏出があったことはわかっていた。このため、浮き屋根の排水管のバルブは閉止されたままだった。タンクの液位は半分程度で、前日の朝早くから油の張込みが行われていた。火災発生時、タンクでは何の作業も行われていなかった。

(2) フレアー
■ フレアースタックは高さ76mで、発災タンクからはおよそ108m離れていた。事故当日の10時45分頃、圧縮機の不調によって装置が停止し、ガスがフレアー系へ排出された。この状況は5分間続いて、フレアーの炎が25mの高さになったが、これは通常の状態だった。クリーンな燃焼を行なうため、フレアー系にはスチームが導入された。フレアースタックからタンクの方向へ微風が吹いていた。タンクとフレアースタックを結んだ直線の道路上に濡れたシミ跡が確認された。これは、スチームが導入された際、スチームが凝縮したものが落ちたとみられる。

■ フレアースタックにはフレーム不調時のため4つのパイロット・ガスバーナーが付いており、制御室で監視できるようになっている。事故前には、このような不調は起こっていなかった。しかし、フレアーチップまわりにカーボン・デポジットが蓄積していた。この様子は地上からも見えた。フレアーは2年毎に検査・保全工事が行われ、デポジットはきれいにされる。定期的なクリーニングは当然実施されていた。

(3) 緊急事態時の対処計画
■ 消防機関への通報を含め、事前に緊急事態時の対処計画は策定されていた。緊急事態はカテゴリー・コード形式で作成されていた。例えば、カテゴリー1は火災警報時、カテゴリー2は火災確認時、カテゴリー3は大規模または重大火災時である。
 
 < 火災発生 >
■ 石油貯蔵地区で作業していたオペレーターが、タンクNo.011の屋根の端から黒煙が上がっているのに気がついた。時間は10時48分だった。消防機関への第一報は10時53分で、第二報は火災が大きくなった10時54分だった。事故の経緯は「事故の時系列表」を参照。
 事故の時系列表
日 時                         事 象
8月30日
10:53     「カテゴリー1」を消防機関へ通報;状況は調査中と報告。
10:54     「カテゴリー2」の通報;ポンプ車5台、消防車、泡消防車、泡設備搭載車、移動指揮車が出動。
11:05     消防隊第一陣の到着。タンクの三方にウォーター・カーテンを実施。つぎに火災タンクと隣接
         するタンク2基との間にウォーター・カーテンを配備。火災は屋根の半分程度の範囲だった。
11:07     火災が激しくなる。ポンプ車10台で対応。
11:16     ポンプ車15台で対応。
11:20     10台のジェットノズルを使用。
          大型泡消防車と相互応援体制の対応が必要な状況になった。
12:02     20台のジェットノズルを使用。
13:31     手持ち型ノズルによる大規模な冷却操作。一方、泡消火資機材を待つ。
午後の中頃 ポンプ車25台、泡消防車7台、高所放水車6台、このほか特殊車4台で対応。
ー       原油の抜出しを開始; 移送速さ1,700トン/h。隣接タンクからも油の抜出し開始。
23:30     限定的な泡放射のテストを実施。炎がわずかに割れる様相はみられたが、
         「スロップオーバー」が発生。泡消火用設備の組立てが開始された。
8月31日
(00:15頃)  1回目のボイルオーバー発生。火柱は高さ60~80mに達した。堤内にこぼれ落ちた油に
         よって4エーカー(16,000㎡)の面積で火災となった。当該エリアから消防士の緊急退避が
         実施された。展張していた消火ホース・ラインが熱に曝され、ダメになった。このため、
         隣接タンクまわりの冷却カーテンはズタズタになってしまった。
02:10     2回目のボイルオーバー発生。新しく展張し直していたホースが再びダメになった。
         隣接タンクの冷却も再びできなくなった。
08:00     3回目のボイルオーバーが考えられたので、泡攻撃を開始した。現場には、
         67,000ガロン(253,000リットル)の泡剤が配備され、さらに追加供給が確立されていた。
15:00     火災の勢いは弱くなっていたが、熱により覆っていた泡が壊れ始めていた。防油堤エリアは
         80%が泡で覆われていた。
18:00     防油堤内の火災は消えた。タンク内にはわずかに火が残っていた。
9月1日
早い時間帯 火の勢いが増した。ところどころで泡が途切れていた。風速が増した。
泡放射から
 +3時間  すべて消火の兆候を示した。
22:30     鎮火の判断。

 < 事例検討のポイント >
■ 消防機関への第一報の内容はどうあるべきか?

■ 指名された現場指揮者(サイト・インシデント・コントローラー)は現場に到着したら、事故の状況を総合的に評価しなければならない。当該事故において現場到着時に、事故の状況をどのように評価するか?

■ 火災が大きくなったとき、現場指揮者(サイト・インシデント・コントローラー)が最初にとるアクションはどのようにあるべきだったか?

■ 考えるべき要素は何か? 
   ・火災の拡大の可能性は? 
   ・火災に曝露される隣接の設備は何か?
   ・火災が拡大した場合、つぎに何が起こるか?

■ タンク内の内容物は何か? その性質は?
   ・燃焼性の特性は?
   ・内容量は? 内容量を減らすことは?

(写真はJstage.jst.go.jp 「風荷重による浮屋根損傷に起因した石油タンク全面火災事故」から引用)
(写真はAria.developpement-durable.gouv.fr ら引用)
(写真はyoutube.com Milford Haven Boilover」の動画から引用)
ボイルオーバー発生  (写真はyoutube.comの動画から引用)
補 足              
■  「A-CERT」(Association of Company Emergency Response Teams (Singapore):シンガポール企業緊急対応チーム協会)は、シンガポールの企業で異常事態が発生した際に適切な対応が行なうことができるように設立されたCERT(Company Emergency Response Team企業緊急対応チーム)をまとめた団体である。

■ 「ミルフォード・ヘブン製油所」(Milford Haven Refinery)は、英国のウェールズにあり、1971年に操業を開始した精製能力108,000バレル/日のアモコ社(Amoco Corp.)の製油所だった。アモコ社は米国の石油会社であるが、1999年にBPと合併した。ミルフォード・ヘブン製油所は現在、135,000バレル/日で米国の独立系石油精製企業マーフィー・オイル社(Murphy Oil Corp.)の英国子会社マーコ・ペトロリアム社(Murco Petroleum Ltd)所有である。

■ 「ミルフォード・ヘブン火災(1983年)」は、ボイルオーバーの発生したタンク火災として世界的によく知られている。これは火災状況や消火活動の経緯がよく記録され、情報が公開されていることが背景にある。このブログでも「原油タンク火災の消火活動中にボイルオーバー発生事例」(2013年9月)の中でひとつの事例として紹介した。このほか日本でいろいろと紹介されているが、総括的にまとめられたものとしては「風荷重による浮屋根損傷に起因した石油タンク全面火災事故」(若狹勝、圧力技術、2010年)がある。また、YouTubeに投稿された動画「MilfordHaven Boilover - August 30, 1983」がある。
 消火活動の事例として考える上で、当時の状況について理解しておくべき事項はつぎのとおりである。
① 発災タンクは浮き屋根式であるが、当時、浮き屋根は火災に対して高い安全性をもっていると考えられ、タンク側板上部に固定泡消火設備は設置されていなかった。リムシール火災時には、可搬式の消火設備で消火可能と考えられていた。
② 2度のボイルオーバーが発生したのは、浮き屋根が傾いて沈んだため、障害物となり、原油中に水溜まりが点在したためと推測されている。

■ 「サミア製フレアー」は、1951年に設立されたイタリアのサミアSRL社(SamiaSRL Co.)が製作したフレア設備である。ミルフォード・ヘブン製油所で設置されたフレアーは高さ76mのエレベーテッド型である。(注:Jstage.jst.go.jp 「風荷重による浮屋根損傷に起因した石油タンク全面火災事故」から引用した前掲の写真の中で中央の高い設備がフレアーである)

■ 「パンタグラフ・ハンガー式」は浮き屋根と側板の間のシール機構のひとつである。日本でよく使用されているフォーム・ログ・シールに対して通常は汎用的なメカニカルシールという用語を使う方が多い。パンタグラフとは菱形で収縮する機構をいい、日本では鉄道車両に用いられる集電装置に使われて知られている。
パンタグラフ・ハンガー式シールの例
サイト・インシデント・コントローラーの
トレーニング・コースのカタログ
■ 「サイト・インシデント・コントローラー」(Site Incident Controller)は、シンガポールで使われている緊急事態時の現場の対応管理者をいう。一般には単に「インシデント・コントローラー」(事故対応管理者)という言葉が使われる。(このブログでは「現場指揮者」と表現した) プロセスプラントのような産業界では、事故や緊急事態時の対応は前線で対応する人たちの安全性と有効性に大きな影響をもつことから、適切な対応のできる人が不可欠である。 このためシンガポールでは「サイト・インシデント・コントローラー」という役割を位置づけ、適切な人材の確保に努めている。 A-CERTでは、サイト・インシデント・コントローラーのトレーニング・コースの研修会を開催している。内容は、重大事故に発展するインシデントの種類、事故の特質と洞察力、事故対応の管理、事故に現れるハザードと対応、リスク・アセスメントの活用、事故対応管理におけるコミュニケーション方法などで、2日間の研修になっている。


所 感
■ 「サイト・インシデント・コントローラー」(現場指揮者)と「消火戦略」の観点から事例検討として「ミルフォード・ヘブン火災(1983年)」が選択されたものであろう。このタンク火災は、浮き屋根上の部分火災から全面火災へ移行し、初期段階で消火泡剤が不足し、タンクへの泡消火活動ができなかった。そして約13時間後にボイルオーバーが発生し、消防士6名が負傷している。消火泡剤が確保された段階でタンクへの泡放射が実施されている。 3つの戦略である「積極的(オフェンシブ)戦略」、「防御的(ディフェンシブ)戦略」、「不介入戦略」のいずれも対象になるタンク火災事例として適当であろう。

■ 事例検討はディスカッション形式で行われているようなので、どのような議論がされたかはわからないが、「事例検討のポイント」をみると、企業のサイト・インシデント・コントローラーとして初期対応の判断について絞ったものではないか思われる。
 しかし、この事故は初期段階だけでなく、刻々と変化していく状況の中で3つの戦略の選択について仮想訓練を行なう事例としても有効だと思う。

備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Acerts.org.sg, Storage Tank Fire Fighting Strategies, A-CERTS, September, 2012


後 記: 今回の事例検討の情報を見ながら思ったのは、日本での「インシデント・コントローラー」は誰だろうということです。今回のタンク規模であれば、体制に関係なく、現在配備されている大容量泡放射砲で一発消火と安易に考えるのはどうでしょう? 浮き屋根が傾いて沈下して「障害物あり全面火災」の場合は予期しない状態から消火活動の難航がありえます。現在の日本では、現場指揮者は「公設消防」です。大容量泡放射砲システムは各地区の配備事業所が保管しています。配備事業所以外の原油タンク火災があった場合、指揮系統は「公設消防」ー「発災事業所(消防隊)」ー「配備事業所からの応援部隊」となるでしょう。「積極的戦略」、「防御的戦略」、「不介入戦略」の3つの戦略の選択は「インシデント・コントローラー」の判断ですが、どうも「インシデント・コントローラー」の顔がはっきりしないように思いつつ、まとめていました。



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