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2015年9月29日火曜日

イタリアで含油排水タンクが蒸気雲爆発(1999年)

 今回は、フランス環境省(現:フランスエコロジー・持続可能開発・エネルギー省)がまとめているARIA(事故の分析・研究・情報)の中のひとつで、1999年、イタリアで起きた「炭化水素含有の排水貯蔵タンクで形成したガソリン蒸気雲の爆発」(Explosion of a Gasoline Vapour Cloud Formed in a Hydrocarbon Loaded Effluents Storage Tank)の資料を紹介します。
< 施設の概要 >
■ 施設は、イタリア北西部に位置するアルクアータ・スクリービア(Arquata Scrivia)にある石油タンク基地で、石油製品とLPGの受入れ、貯蔵、出荷を行っている。入出荷はパイプラインおよびタンクローリー車によって行われている。施設はセベソ指令に基づいており、セーフティ・レポート(安全報告)の提示を行う条件になっている。

■ 貯蔵能力はつぎのとおりである。
   ● ガソリン    200,000トン
   ● ディーゼル燃料 360,000トン
   ● LPG       4,300トン
                               アルクアータ・スクリービア付近(現在)    (写真はグーグルマップから引用)
< 発災設備の概要 >
■ 発災のあった設備は、ガソリンタンクとディーゼル燃料タンクからのドレン水を一時的に保管するプラントだった。(水には若干の油分を含んでいる)

■ 図にプロセスと設備を示す。貯蔵タンクからのドレン水は、重力によって直接、排水溜タンクへ流れ、ここからドレン水タンクへポンプで移送される。プロセス排水と一所になって水処理プラントへ供給されるが、その前にドレン水の中のMTBE(メチル・ターシャリー・ブチル・エーテル)を除去するため、ドレン水をエア・ストリッピング装置に通す。水処理プラントの目的は、油分を除去することと、ソーイング・システムへ供給できる水質にすることである。水処理プラントへ供給する前に、含油水は沈降ピットと貯蔵タンクへ送られる。
排水系統のプロセス図
■ 事故が起ったときに貯蔵プラントで運転されていた設備は、無鉛ガソリンタンク、排水溜タンク、ドレン水タンク、エア・ストリッピング装置、沈降タンク、水処理供給タンク、水処理プラント、ソーイング・システムだった。

■ 排水系統の運転はオペレーターによってマニュアル(手動)で行われていた。このため、つぎのバルブが順番に開けられていた。
 ● 排水溜タンクの入口配管バルブ
 ● ポンプ吐出バルブ
 ● ポンプ吸込バルブ
 ● ガソリンタンク底にある水溜めポットからの出口バルブ

■ オペレーターは、水に代わってガソリンが排水溜タンクへ流れていることに気が付き、上記の最後のバルブを閉めて運転を停止した。そのとき、排水溜タンクの高液位信号によって自動的に抜出しポンプがスタートし、含油水がドレン水タンクへ送り込まれた。

■ ドレン水タンクは浮き屋根式で、最大容量3,000KL、タンク直径16m×高さ14.5m、最大屋根高さ12mだった。タンクには、防油堤がなく、まわりのエリアは土と砂利で、浸透防止の処理はされていなかった。タンクは、底部の位置に内部スチーム加熱コイルが設置されていた。

■ 浮き屋根の実際の高さを監視する目的のため、TVモニタリング・システムが設けられていた。この映像は計器室に送られるようになっていた。高液位警報は11mと12m(運転条件)の2点に設定され、13mの設定で供給ポンプを自動停止してブロックするシステムが設けられていた。
■ さらに、タンクには、この型式のタンクに必要な消防設備が設けられていた。

< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 事故当時、ドレン水タンクの液位は3.4mで、これは約680KLに相当する。液の上部には約10cm厚の油層があったと推定され、約20KLの油が入っていたことになる。無鉛ガソリンタンクの水排出作業は、ドレン水を排水溜タンクへ送ることによって始められていた。このとき、廃水処理プラントは定常運転のような連続的な稼働状態ではなかった。

■ 約20KLの油は、ドレン水タンクの浮き屋根上にあるセーフティ・ベントから放出された。油は、屋根の雨水排水用配管を通じて地上へ流れていった。タンク近くに油溜まりができた。タンク屋根上の油溜まりと地上の油溜まりから炭化水素の蒸発によって蒸気雲が形成した。この蒸気雲は、約60m離れていた隣接道路に達した。気象条件は晴天で無風だった。

■ 1999年12月10日、蒸気雲に引火し、自由空間蒸気雲爆発(Unconfined Vapor Cloud Explosion:UVCE)が起った。引火源は、おそらく道路を走っていた2台のローリー車によるものと思われる。

■ 蒸気雲爆発の起った2・3秒後、別な爆発が2回続けて起った。フラッシュバックの火炎によって油溜まりに引火し、さらにドレン水タンク内の油が燃え、近くの沈降ピットの油へと燃え広がった。
(写真はARIA資料から引用)
事故による被害 
人の被害
 ● 人への被害は限定的だった。2台のローリー車の運転手は軽い火傷を負ったが、7~15日で快復した。

設備被害
 ● 設備への被害は大きかった。ドレン水タンクと沈降ピットの損傷は激しかった。近くの建物は窓ガラスが壊れるなどの被害を受けた。ローリー車2台のほか別な車両が損害を受けた。
経済的損失
 ● 直接の設備被害額は500万ユーロ(650百万円)にのぼった。
 ● 事故対応、代替保管料、清掃などの費用は350万ユーロ(455百万円)だった。
 
欧州基準による産業事故の規模
■  1994年2月、セベソ指令を司るEU加盟国管轄庁の委員会は、事故の規模を特定するために18項目のパラメーターを用いる評価基準を適用した。わかっている情報をもとに検討された結果、当該事故は4つの分類項目に対してつぎのように評価された。
■ 半径330m以内にあった建物の窓ガラスの10%が壊れるほどの爆発による影響があったことによって、「危険物質の放出」はレベル1と評価された。これはTNT火薬100kgに相当する。
 ローリー車の運転手2名が負傷する被害が出たので、「人および社会への影響」はレベル3と評価された。
 環境に関して目に見える被害が出なかったので、「環境への影響」は評価されなかった。
 事故に伴う構内の設備的な損害が500万ユーロ(650百万円) にのぼったほか、事故対応、代替保管料、清掃などの費用は350万ユーロ(455百万円)だったので、「経済損失」はレベル3と評価された。

< 事故の原因 >
■ 事故の起きたタンクには、タンク底部に内部スチーム加熱コイルが設置されていた。この目的は、冬季に内部温度を20~30℃に保つためと、次工程のエア・ストリッピングのため予熱しておくためであった。

■ 事故当日、加熱コイルの破損によって、タンク内に生スチームが入っていた。破損の原因は腐食だとみられている。タンク内の温度は少なくとも60℃まで上昇していた。このため、軽質留分の蒸発が始まっていた。浮き屋根の裏面部にあふれる凝縮スチームと内部の過圧によって、浮き屋根上のセーフティ・ベントが開き、上部の油層部分が浮き屋根上に放出してしまった。

< 対 応 >
■ ただちに、社内の緊急事態対応計画に従って対応が開始された。プラントの緊急シャットダウンが実行され、固定冷却水システムが作動された。社内の自衛消防隊による初期活動が実施された。その一方で、消防署、救急隊、警察への通報が行われた。

■ 15分後における公的機関の対応はつぎのとおりである。
 ● 消防署は火災の消火活動に入った。(1時間半後に消火に至った)
 ● 警察は地元の通行規制を行い、現場近くの道路の交通遮断を行い、事故現場に近い住宅や作業場の避難要否の事前調整を行った。
 ● 救急車が到着し、けが人の応急手当を行った後、病院へ搬送した。

< 教 訓 >
■ この事故から学ぶべき教訓は、物理的な要因や直接的な原因に関することより、むしろ管理上の問題点であろう。この種の事故を恒久的に防止するためには、実施すべき具体的な行動に結びつくことのできる最初の判断が重要である。

■ この理由およびセベソⅡ指令の基本理念にもとづき、特別な検討方法がイタリアで開発され、適用された。それは、セーフティ・マネジメント・システムにおいて問題点となる主な事項に沿って事故の分析を行うというものである。すなわち、事故に直接的に関係している事項、あるいは事故に関する事象や状況によって示された事項をもとに事故分析が行われる。

■ この事故をもとにして、大きな教訓や知見となるべき事項はつぎのとおりである。
 ● 事故防止学を考慮しながら、徹底した詳細なリスク分析を行わなければならない。
 ● 計装で表示すべきパラメーター(温度、油層厚さなど)に不足がなく、明らかにされたリスクに合致した計装とし、異変や危険な状態を発見できるようにする。
 ● 事故や暴走を回避するために必要な検出器(温度、液位、圧力など)は確実に設けて、安全の確保に万全を期す。
 ● 腐食の可能性のあるスチーム・コイルは、定期的な検査、完全な修理あるいは部品交換について最適なメンテナンス方法を考慮して実施しなければならない。
 ● タンクに関して技術的な追加変更が検討されているときには、つぎのようなことに配慮しなければならない。
   ○ どこに危険性が潜んでいるか、そしてその関係で生まれる事故のリスクに関する評価
   ○ 安全規則や安全基準への遵守性の確認
   ○ 設計修正への最終確認
 ● 安全審査は、セーフティ・マネジメント・システムの基準への適合性を評価するために役に立つし、効率性があり、本来、上記で述べられたようなマネジメントの問題点を浮き彫りにすべきである。

補 足
■ 「アルクアータ・スクリービア」(Arquata Scrivia)は、イタリア北西部に位置するピエモンテ州アレッサンドリア県にあり、人口約5,800人の町である。
イタリアのアルクアータ・スクリービアの位置(ポイントマーク部)
(写真はグーグルマップから引用)
■ 発災のあった施設は、イタリアのエネルギー会社であるERG社の石油貯蔵タンク基地とみられる。アルクアータ・スクリービには、1967年、イタリアで最初の石油物流基地がある。
アルクアータ・スクリービアの石油貯蔵タンク基地
(写真はNotavterzovalico.infから引用)
■  「フランス環境省 : ARIA」(French Ministry of Environment : Analysis, Research and Information on Accidents)は、フランス環境省(現:フランスエコロジー・持続可能開発・エネルギー省 French Ministry of Ecology, Sustainable Development and Energy)がフランスにおいて発生した事故について情報を共有化し、今後に活用するため、1992年から始めた事故の分析・研究・情報のデータベースである。有用な海外事故も対象にしている。

所 感
■ 「発災設備の概要」を読んでも、事故の予想ができなかっただけでなく、「事故の発生」を読んでも、蒸気雲爆発へのプロセスが推測できなかった。「原因」を読んで、初めて納得した。含油排水タンクの加熱コイルのチューブ開口と蒸気雲爆発の結びつきは、結果論として当然であるし、リスク分析で事前検討されていても当然の結果になろう。しかし、実際の当時の現場では、そのような危険予知の意識は無かったと思われる。
 
■ 推測を交えて考えれば、つぎのような小さな失敗が重なって、最終的に、道路を走っていたタンクローリー車の運転手が負傷する大きな事故になっている。
 ● ガソリンタンクの水切り作業で多量(20KL)のガソリンを流してしまったが、下流に油が流れても、水処理系統で分離・回収されるので、問題ないと考えたかもしれない。
 ● ドレン水タンクの加熱コイルのチューブが開口していたが、水の中に水蒸気が入るだけだから、問題ないと考えたかもしれない。
 ● ドレン水タンクの運転状態(温度60℃)の潜在危険性を認識できなかったが、通常より多少暖かい程度で、問題ないと考えたかもしれない。
 ● ドレン水タンクのTVモニターでガソリンが屋根の雨水排水管から流れ出ていたが、無色の油だったため、識別しずらかったかもしれない。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Aria.development-durable.gouv.fr, Explosion of a Gasoline Vapour Cloud Formed in a Hydrocarbon Loaded Effluents Storage Tank, 10 December 1999,  Arquata Scrivia, Italy,  DPPR / SEI / BARPI - No. 21967, Sheet updated: July 2012 



 後 記: ARIAの資料には、国によって内容に差異(評価)があるという話をしたことがあります。イタリアの事例では、「イタリアの製油所でアスファルト貯蔵タンクの破壊事故」(2015年4月投稿)に続いて2件目ですが、前回に続いてややわかりづらい事例内容でした。表面的な事象だけの記述になっているので、人や組織の姿が見えないからです。責任を追及するつもりではありませんが、どこかの国の「国立競技場建設」や「エンブレム審査」と同じような気がしました。事故というものは、これまでまったく知られていなかった未知の領域で起ったものを除けば、人や組織が何らか関与しています。この点を曖昧にしたままだと、事故の本当の教訓は活きてこないように思います。というわけで、所感の中で「人の弱さ」を想像して書いてみました。

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