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2016年2月13日土曜日

グアテマラの固定屋根式タンク火災で消火泡から炎(2003年)

 今回は、石油貯蔵タンク基地などで起った火災事故の消防対応の業務などを行う会社として有名なウィリアムズ・ファイア&ハザード・コントロール社が公開しているCode Red Archivesの中から、2003年7月26日、中南米グアテマラにある石油貯蔵ターミナルの固定屋根式タンクの1基に落雷があり、一時的に保管されていたガソリンに引火して火災となり、この消火活動にウィリアムズ社が応援で出動した事例を紹介します。
趣意; 固定屋根式タンクの気相中の火災は目に見えないところで危険が潜み、消火薬剤の優れた性能と卓越した戦術を使って挑戦する消火活動になることがある。

< 事故の発生 >
■ 2003年7月26日(土)、中南米グアテマラにある石油貯蔵ターミナルの固定屋根式タンクの1基に落雷があり、一時的に保管されていたガソリンに引火した。発災のあったのは直径95フィート(29m)のコーンルーフ式タンクだった。

■ 事故発生の2日前の7月24日(木)、ガソリン専用タンクが満杯になったので、一時的な措置としてコーンルーフ式タンクにガソリンを入れた。石油貯蔵ターミナルの各タンクには、ポンプ・プロポーショナル方式の固定泡消火設備が設置されていた。この設備はNFPA(米国防火協会)の燃料貯蔵タンク防護に関する設計基準を満たしていた。

■ 落雷によって発生したタンク内火災の初期対応として、固定泡消火設備が使用された。固定のフォームチャンバー(泡放出口)による消火に失敗した消火活動の間に、系統中の容量1,500ガロン(5,670ℓ)の泡薬剤タンクの泡原液(3%フッ素たん白泡消火薬剤)はどんどん減っていった。

■ 7月27日(日)の午前5時、ウィリアムズ・ファイヤー&ハザード・コントロール社(Williams Fire & Hazard Control Inc.)に支援業務の要請連絡がはいった。ウィリアムズ社はただちに5名の消防士によるチームを現場へ派遣することを決めるととともに、消火活動のための設備と泡薬剤の手配にはいった。

■ 事故の規模が大きくなり、現場に配置された数台の消防車が消火用水タンクへ補充するため使用され、消火活動中の補給水として使われた。石油貯蔵ターミナル側では、施設に保管したあった別な場所から泡薬剤タンクへ3%フッ素たん白泡消火薬剤の充填を行い、再度、固定泡消火系統を使った2回目の攻撃に備えた。

■ この時点で、タンク本体は高温の熱によって曝され続け、屋根と側板の接合部に沿って“魚の口”(フィッシュマウス)状の隙間が生じていた。施設内のタンクは満杯だったので、火災タンクから内液を移送する先のタンクも転送する時間も無い状態だった。

■ 泡投入が続けられ、ベント部やタンク頂部まわりにできた“魚の口”状の開口部などから溢れるほどだった。残った別のベントの一箇所から噴き出している火炎を消そうと消火水ラインが展開された。タンクから泡が吐き出され、その泡のまわりに陽炎(かげろう)が出ているので、泡の中にかなりの量のガソリン・ベーパーを取り込んでいることは確かだった。この結果、防油堤内に出た泡部に火が付いた。タンクからガソリンの液体が漏れていることは無かった。取り込んだ油分が燃えて消費されるまで、堤内に広がった飽和状態の泡が短時間(5分間)燃えた。この時点で、ウィリアムズ社の設備と泡薬剤が到着するまで、すべての作業を停止することが決められた。

< ウィリアムズ社の消火活動 >
■ 泡攻撃に必要な設備を積んでいくのに適した航空機を見つけることは難しいと分かった。施設との最初の打合せによって、消火用貯水量が200,000ガロン(750KL)消費され、可搬式の消火水ポンプを必要とすることが分かったからである。一旦、C-130輸送機を手配し、テキサス州ボーモントに着陸させ、必要な設備を積込み、それからグアテマラへ飛ぶために14時間かかった。ウィリアムズ社のチームが到着したのは、7月27日(日)午後5時だった。

■ 次の日、ウィリアムズ・チームは別な戦術の泡攻撃を行った。フォームチャンバーを通じて泡を投入するやり方を行ったが、選定した泡薬剤は多糖類添加耐アルコール泡(AR-AFFF)の“サンダーストーム”(Thunderstorm)である。1%-3%サンダーストームは、既設の泡プロポーショニング・システムのオリフィスを調整する必要があった。フォームチャンバーのほかに、放射能力125ガロン/分(560L/分)の“フォーム・ワンド” (Foam Wand)3本をタンクのベント・ホールに配置した。また、タンク屋根の開口部から放出しているベーパーを洗い流すため、可搬式泡モニターの“ダスピット・ツール” (Daspit Tool)を配置した。タンク屋根の開口部でベーパーが燃え続けている状況の中で、可変流量式泡ノズルの“ハイドロ・ケム” (Hydro-Chem)を2台配備し、1台は火災タンクの踊り場に、もう1台は隣接タンクの上に配置した。
フォーム・ワンド(左)、ダスピット・ツール(中央)、ハイドロ・ケム(右)
   (写真はWilliamsfire.comから引用)
■ 泡攻撃は7月28日(月)午後8時15分に開始された。その後まもなくして、炎が衰え始めた。すべての火は泡を覆うことで消火し、3個のベントは可変流量式泡ノズル;ハイドロ・ケムの機能とともにドライケミカルを使用して封じ込めた。午後8時45分、炎が見えなくなった。その後、一定期間、間欠的に泡投入を行うととともに、タンク屋根の冷却が続けられた。翌朝、タンクの状態が調べられ、ガソリンを移送できる状況となった。

< タンク気相部の火災に潜む問題点 >
■ この事故に伴なう問題点を理解するには、まず火災になった固定屋根式タンクや内部浮き屋根式タンクに存在する問題要因を認識しておかなければならない。浮き屋根が沈降した場合、あるいは不適切な油種の貯蔵(当該事故のような例)があった場合、燃料油が全面にわたって曝露される可能性がある。タンクの気相部分で引火することになれば、タンクへ損傷を与えることになるだろう。気相部が爆発混合気の範囲にあれば、タンク内で爆発が生じることになるのが普通である。この放爆が大きければ、意図的に弱めた接合部が大きく壊れて、屋根が噴き飛ぶことも稀ではない。この結果、タンク全面火災になることもある。

■ 気相部が爆発混合気で着火しても、放爆が小さかったり、あるいは気相の濃度が高かった場合、火災は開口部だけに留まるのが普通である。グアテアラの事故がこれに当たる。全面火災になることはなかったが、タンク内部の気相部は燃焼するには濃度が濃すぎる状態だった。タンク開口部を通じて入ってくる空気によって濃度が薄くなると、火炎が大きくなった。(標題写真を参照)

■ フォームチャンバーを通じて固定泡消火設備のシステムが作動すると、泡はベーパー濃度の高い雰囲気中に入っていき、油面から上に溢れ始める。この過程を経て、覆った泡の中に多量の可燃性ベーパーが巻き込まれていった。このようにして、泡がタンク開口部を通って放出され、堤内エリアに落ち、燃える泡が生まれた。

■ ここで、覆った泡の上の気相部の状態について考えてみる。覆った泡がベーパーを抑えて発生量を少なくしているのは間違いない。しかし、発生していたベーパーは覆った泡の上に残っている。ベーパーは、開口部(当該ケースでは10×18インチ)を通じて流れていき、空気と混合して燃えることになる。 燃えたベーパー量は非常に少なく、 4フィート(120cm)の気相部では、およそ42,000立方フィート(1,190㎥)である。油の蒸気圧と開口部10×18インチ(25×45cm)から考えると、蒸発持続時間は優に12時間以上続く。ベーパーが減っていく前に覆った泡が壊れていく。このような現象を繰り返すことによって施設の供給できる泡を減少させていった。

■ 難しい状況下で、ベーパー発生を抑えようと長時間にわたって泡を覆い続けると、このこと自体が事故に伴う損害をエスカレートさせる結果になる可能性もあった。覆った泡がベーパーの発生を抑え、火災によってベーパーが消費されてしまえば、タンク内部のベーパーは開口部から入る空気と置き換わるようになる。ベーパーが消費され続け、可燃性範囲の域に達するまで気相部が薄まれば、この時点でベーパーと空気の混合気による爆発が起き、屋根が噴き飛び、全面火災になる可能性があった。

■ いずれにしても好ましい結果でない。想定を考える上で、今回、われわれが知ったような事象をもっと認識していく必要がある。


補 足
■ 「グアテマラ」(Guatemala)は、正式にはグアテマラ共和国で、中央アメリカ北部に位置する共和制国家である。人口約1,400万人で、首都はグアテマラ市である。コーヒー、砂糖、バナナなどの農業を主としており、中米では経済的に中位の国である。
(図はグーグルマップから引用)
■  「ウィリアムズ・ファイア&ハザード・コントロール社」(Williams Fire & Hazard Control)は1980年に設立し、石油・化学工業、輸送業、軍事、自治体などにおける消防関係の資機材を設計・製造・販売する会社で、本部はテキサス州モーリスヴィルにある。ウィリアムズ社は、さらに、石油の陸上基地や海上基地などで起こった火災事故の消防対応の業務も行う会社である。
 ウィリアムズ社は、2010年8月に消防関係の会社であるケムガード社(Chemguard)の傘下に入ったが、2011年9月にセキュリティとファイア・プロテクション分野で世界的に事業展開している「タイコ社」(Tyco)がケムガード社と子会社のウィリアムズ社を買収し、その傘下に入った。
 ウィリアムズ社は、 米国テネコ火災(1983年)、カナダのコノコ火災(1996年)、米国ルイジアナ州のオリオン火災(2001年)などのタンク火災消火の実績を有している。当ブログにおいてウィリアムズ社関連の情報はつぎのとおりである。

■ ウィリアムズ社はウェブサイトを有しており、各種の情報を提供している。この中で「Code Red Archives」というサブサイトを設け、同社の経験した技術的な概要を情報として公開している。今回の資料はそのひとつである。

■ 石油(非水溶性液体可燃物)に使用される「泡消火薬剤」は消防法やISO規格によって規定されている。成分構成による分類と定義を表に示す。
              泡消火薬剤の成分構成による種類と定義  (表はNrifd.fdma.go.jpから引用)
 「たん白泡消火薬剤」(P)は、動物の角などのたん白質原料を粉砕して製造され、暗褐色の粘性溶液で、たん白特有の臭いがする。各種添加剤が加えられ、泡の持続安定性、耐熱・耐火性が強化される。日本では、古くから石油貯蔵タンク等の固定泡消火設備に使用されている。一方、泡が固いために流動展開性は劣る。また、泡膜が可燃性ベーパーを取込みやすく、油汚染を起こしやすい。

 「フッ素たん白泡消火薬剤」(FP)は、フッ素系界面活性剤を添加し、流動展開性を改善し、泡膜の可燃性ベーパーの取込みも少なく、油汚染を起こしにくい。また、耐油・耐熱・耐火性の油面被覆性能が強化され、たん白泡消火薬剤と同様、石油貯蔵タンク等の固定泡消火設備に使用されるほか、油汚染の少ない特性から底部泡注入方式にも使用される。フッ素たん白泡には、油の表面に水成膜を形成する「フッ素たん白水成膜泡」(FFFP)という泡があり、ISO 規格で定義されている。フッ素たん白泡よりも更に流動性に優れており、航空機火災などの流出油火災に使用されている。

 「合成界面活性剤泡消火薬剤」(SD)は、炭化水素系界面活性剤を主成分とし、淡黄色液体で、グリコールエーテル臭がする。各種添加剤が加えられ、起泡性に富み、高発泡消火用に使用される。しかし、泡の耐熱・耐火性、耐油性が乏しいことから、低発泡として石油貯蔵タンク火災の消火には使用されていない。

 「水成膜泡消火薬剤」(AFFF)は、合成界面活性剤泡消火薬剤(SD)の組成にほぼ似ているが、異なるのは、表面張力低下能の高いフッ素系界面活性剤が添加されている。合成界面活性剤泡消火薬剤と同様、淡黄色液体で、グリコールエーテル臭がする。流動展開性が改善し、泡膜の耐油・耐火性の強化により、迅速な消火が可能といわれ、航空機火災などの流出油火災に使用されている。
 
 このほかに、本来は水溶性液体用泡消火薬剤で、通常、耐アルコール泡(AR)と称されている「多糖類添加耐アルコール泡」(AR-AFFF)がある。多糖類はアルコールに接すると不溶性となって泡に付着して泡が破壊されるのを防ぐことができ、欧米で使用されてきた。日本では、ウィリアムズ社がオリオン製油所のタンク全面火災で使用した大容量泡放射砲の泡消火薬剤(“サンダーストーム”)として注目された。消防法では対応規格がないが、 たん白泡、合成界面活性剤泡または水成膜泡の三型式で行われる性状試験と同一の基準に適合することを条件に「大容量泡放水砲用泡消火薬剤」を認める形をとっている。

■ 泡消火剤の「油の汚染度」は一般につぎのようにいわれている。
 ● 「たん白泡」は、古くから油火災の消火用の泡として用いられているが、泡を油面へ直接放出すると、油にまみれて油汚染されると泡が消滅してしまう。このため、特に消防隊による泡消火に困難性があった。これは「合成界面活性剤泡」でも同様である。
 ● 「フッ素たん白泡」は、泡の汚染を起こしにくいと言われるが、泡が油で汚染されても、なお泡の安定性、耐熱・耐火性など消火に必要な性質を保持している泡である。油に汚染した泡に着火して、泡が燃えている状況でも、泡が消滅する度合いが少ないといわれている。
 ● 「水成膜泡」は、油汚染されにくい泡であるが、泡の中に油を包み込む性質があり、これに着火すると一瞬に泡が燃えて消滅してしまうことがある。


所 感
■ 投入した泡が油面に接した様子もなく、タンク上部の開口部から溢れ出て、堤内で炎を発する状況を見たときに、消防隊員は驚いたと思う。特に、泡消火薬剤の知識のある消防士は、油に汚染しにくいといわれているフッ素たん白泡が燃えるのを見て、すぐには理解できなかったと思う。ウィリアムズ社が到着するまですべての作業の停止を決めたのがわかる。固定屋根式タンクの気相部で生じていた現象の解説を聞けばなるほどと納得する。確かに固定屋根式タンクにガソリンを入れるという通常はありえない条件などが重なっているが、現場で初めて遭遇したときには、正しい状況判断と対応は難しいだろう。ウィリアムズ社は、このような経験を積み重ねて的確な消火戦略・戦術をとれるようになったものと思う。そして、このような事例の情報を公開する姿勢に感心する。

■ 今回の事例の消火方法について言及されており、既設フォームチャンバーから多糖類添加耐アルコール泡(AR-AFFF)を使用し、タンク開口部から出るベーパーを洗い流すという戦術をとったことが理解できる。しかし、泡ノズル(“フォーム・ワンド”)、可搬式泡モニター(“ダスピット・ツール”)、可変流量式泡ノズル(“ハイドロ・ケム”)をどのようにして火災タンクまわりに設置したかはよくわからない。標題写真には重機が作業を行っており、このような機械を活用するにしても、かなりリスクの高い作業を行ったものと思う。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Williamsfire.com,  「Guatemala Teaser 」, Feature , Edited by Eric Lavergne ,   CODE RED ARCHIVES, Williams Fire & Hazard Control. Inc.
  ・Fdma.go.jp,  「消防用設備等に関するISO規格の比較検証事業報告書(平成23年度)」(消防庁予防課、2112年3月)
  ・Fd.fdma.go.jp,  「石油タンク火災の安全確保に関する研究報告書 -石油タンク火災に使用される泡消火薬剤の消火特性-」(消防研究所、2006年3月)



後 記: 当資料の原題は「グアテマラの難題」(Guatemala Teaser)ですが、ブログの標題は難題を示唆する「グアテマラの固定屋根式タンク火災で消火泡から炎」としました。
 いつも言葉で悩みますが、今回は“Form Blanket”です。“泡の毛布” という日本の表現はありませんし、まだ“泡布団”の方がイメージを掴めそうな気がしないでもありません。最近の映画タイトルのように原題をそのまま日本語にする“フォーム・ブランケット”で通じるでしょうが、それまで“泡”という言葉を散々使ってきたのに、急にフォーム・ブランケットではしっくりきませんし、“泡のブランケット”でも何か違和感があります。“泡の被覆”では硬すぎますし、結局、“覆った泡”という表現にしました。近ごろは日本語の語彙検定なるものがあり、つくづく語彙力の不足を感じますが、日本語にない表現でも悩みながらまとめています。

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