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2016年8月4日木曜日

イランの石油化学工場でナフサ貯蔵タンク火災

 今回は、2016年7月6日、イランのフーゼスターン県にあるブ・アリ・シーナ石油化学社のナフサ貯蔵タンクが火災になった事故を紹介します。
 写真Presstv.irから引用)
< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、イランのフーゼスターン県(Khouzestan)バンダレ・イマム・ホメイニー(Bandar Imam Khomeini)の石油化学特別経済区にあるブ・アリ・シーナ石油化学社(Bu Ali Sina Petrochemical Company)の工場である。

■ ブ・アリ・シーナ石油化学社は、ペルシャン・ガルフ石油化学工業社(Persian Gulf Petrochemical Industries Company: PGPIC)の系列会社で、主にパラキシレン、ベンゼンなどの石油化学製品の生産を行っている。 ペルシャン・ガルフ石油化学工業社は、イランの国営会社であるナショナル・ペトロケミカル・カンパニー(National Petrochemical Company: NPC)の管轄下にある。
                         ブ・アリ・シーナ石油化学の工場付近 (写真はGoogle Mapから引用)
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2016年7月6日(水)、ブ・アリ・シーナ石油化学社の貯蔵タンク施設の2000Cタンク(ナフサ用タンクとみられる)から出火した。

■ 工場では緊急事態対応本部が設置された。本部からは火災を消すため、タンクから液排出の指示が出された。この事故に伴う死者はおらず、火災は制圧下にはいっていると報じられた。比較的早く火を消すことができたという。(7月7日の朝に消えたという情報もある)

■ しかし、7月7日(木)、再び火災が起った。事故はプラントの重要なタワーであるパラキシレン塔近くの爆発から始まったとみられている。爆発は極めて可燃性の高い炭化水素であるパラキシレンの漏洩によって起ったという。パラキシレン装置の火災はすぐに消されたが、近くにあったナフサの貯蔵タンクに延焼したとみられる。
(プラント内で爆発する瞬間の動画がYouTube 「Huge fire at Iran‘s Bu Ali Sina petrochemical complex contained」 に投稿されている)

■ フーゼスターン県の消防隊のほか近県や近くの工場の消防隊が出動し、消火活動を行うとともに、隣接するタンクへの延焼防止のための冷却作業が行われた。当局によると、発災タンク近くの貯槽は予防策として内液を排出したという。

(写真はAdbirvaomid.irから引用)
■ 消防隊は消防ヘリコプターを使用し、懸命な消火作業に取り組んだ。2機の消防ヘリコプターが火災設備に水を落として消火を試みたという。消防隊による消火活動の努力は実らず、巨大な火炎は燃え続けた。何回かのむなしい消火活動のあと、当局は内液を排出する一方、残りの油を燃え尽きさせることとした。

■ プラント周辺の市民が避難したという情報が流れたが、石油省は、これは流言であり、避難の情報を否定した。 

■ 7月9日(土)の早い時間帯に火災は封じ込められた。パラキシレン装置の爆発から始まったタンク火災は原料油が燃え尽きるまで、2日間燃え続けた。
(7月8日時点のタンク火災の動画がYouTube 「Explosion and fire in Iranian petrochemical complex」 に投稿されている)

被 害
■ 貯蔵施設のナフサ貯蔵タンク1基が火災によって損壊し、タンク内のナフサが焼失した。このほかパラキシレン塔、タンク2000C、パイプラインなどが被災しており、損害額は200百万ドルと推定されている。

■ 事故に伴い9名の負傷者が出たとみられる。しかし、死傷者ははっきりしておらず、数人が亡くなったという情報がある一方、別な報告では死者は無いと報じられているし、負傷者は33名という情報もある。
                      プラント内で爆発する瞬間 (写真はYouTubeの動画から引用)
                     プラント内の爆発火災  (写真はPgpic.irから引用)  
(写真はIranvij.irから引用)
(写真はTadbirvaomid.irから引用)
 (写真はTasnimnews.comから引用)
< 事故の原因 >
■ 2回目のナフサ貯蔵タンクの火災は、パラキシレン装置のパラキシレン塔の漏洩による爆発の延焼とみられるが、事故の詳細な原因は調査中である。

■ イラン石油相は、事故の原因は破壊行為ではないと断言し、むしろ技術的な問題という見方であると語っている。

< 対 応 >
■ 発災に伴い、フーゼスターン県の消防隊のほか応援の消防隊が出動し、消火活動と隣接タンクへの延焼防止の冷却作業に努めたが、 最初の火災から4日目の7月9日(土)早朝まで続き、燃え尽きた。

■ イラン石油相が7月9日(土)に述べたところによると、パラキシレン塔の修復には時間がかかるが、石油化学プラントの操業は2~3週間で通常運転に戻る予定だという。

■ イランの保険会社は、7月6日(水)の火災発生直後に被災額の算定のため、専門家グループを現場へ派遣した。最初の火災は7月7日(木)には消えたが、2回目の火災はイランの石油化学工業における最近の事故の中では最大の大火だという。
(写真はPresstv.irら引用)
(写真はTherussophile.orgから引用)
(写真はIFPnews.com から引用)
(写真はIsna.ir から引用)
(写真はIsna.ir から引用)
(写真はMashreghnews.irから引用)
(写真はPresstv.irから引用)
(写真はPresstv.irから引用)
 (写真はTheiranproject.comから引用)
補 足
■ 「イラン」(Iran)は、正式にはイラン・イスラム共和国で、西アジア・中東のイスラム共和制国家である。世界有数の石油産出国であり、人口は約7,500万人で、首都はテヘランである。1979年のホメイニー師によるイラン・イスラム革命によって宗教上の最高指導者が国の最高権力をもつイスラム共和制が樹立され、シーア派イスラムが国教である。
 「フーゼスターン県(州)」(Khouzestan)は、イラン南西部にあってイラク国境に接し、ペルシア湾に面する県で、人口約430万人である。
 「バンダレ・イマム・ホメイニー」(Bandar Imam Khomeini)は、フーゼスターン県にあるペルシア湾沿岸の人口約7万人の港町で、バンダレ・エマームと表記されることもある。 以前はバンダレ・シャープールと呼ばれていたが、1979年のイラン革命時にホメイニー師の名前に因んで改称された。
(図はGoogle Mapから引用)

■ 「ブ・アリ・シーナ石油化学社(Bu Ali Sina Petrochemical Company: Bou-Ali-Sinaと表記する場合もある)は、1998年設立され、石油化学特別経済区に36ヘクタールの敷地を有する。株主はペルシャン・ガルフ石油化学工業社(Persian Gulf Petrochemical Industries Company: PGPIC)70%、ジャスティス・シェアズ・ブロッカー社(Justice Shares Broker Company)30%である。原料油は主にパザナン油田からのコンデンセートガスで、生産される製品はパラキシレン、ベンゼンのほか、ヘビーカット・ナフサがある。
                 ブ・アリ・シーナ石油化学の工場 (写真はPgpic.irから引用)
ブ・アリ・シーナ石油化学の生産製品 (図はPgpic.irから引用)
ブ・アリ・シーナ石油化学のプロセス図 (図はPgpic.irから引用)
■ 最初のタンク火災の場所は分からない(別なタンクか、同じタンクなのかはっきりしない)が、2回目のタンク火災は生産製品のヘビーカット・ナフサ用の貯蔵タンクと思われる。グーグルマップによると、直径は約50mであり、高さを約18mとすれば、容量は約35,000KLクラスとなる。燃焼速度を40~60cm/hとすれば、満杯(液高さ18m)で全面火災の場合、燃え尽きるまでの時間は30~45時間となる。実際には、初期の火災はリムシール火災であり、その後、タンク屋根が沈降して「障害物あり火災」となったと思われる。直径50mのタンクの場合、日本の法令では能力20,000L/minの大容量泡放射砲が必要である。
発災タンク (矢印が2回目の火災タンク)  (写真はGoogle Mapから引用)
所 感
■ 最初のタンク火災から、パラキシレン装置の爆発、ナフサタンク火災へと続く一連の状況がよくわからないが、関係がありそうな印象をもつ。非定常運転時の対応に問題があるのではないだろうか。近年では、コンピュータ制御が発達しており、定常運転(スタートアップ、シャットダウン、緊急シャットダウンを含む)時の処理はコンピュータが行うが、これを外れた(プログラムにない)非定常運転についてはオペレータの判断に依存することになり、熟練していないオペレータの対応では問題の生じる可能性がある。

■ ナフサタンク火災の消火活動は失敗しているが、その大きな要因は泡モニターの能力不足である。初期火災はリムシール火災であり、風も無く、消火できうる状況だった。タンク固定泡消火設備が設置されていないとみられるが、消火活動の写真を見ると、タンク側壁を越える泡放射が行われておらず、タンク防油堤の大きさに応じた大型泡モニターや高所放水車などの消防機材が無かったものと思われる。(米国であれば、消防士がタンク上部に昇って泡放射する戦術をとっただろう) その後、タンク浮き屋根は沈降して「障害物あり全面火災」になったが、この場合には大容量泡放射砲システムがあれば、燃え尽きる前の消火は可能だっただろう。いずれにしても、タンク火災に対する適切な消防資機材と消火戦略への認識不足があった。


備  考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである
    ・Reuters.com, Iran says fire at Bu Ali Sina petrochemical complex contained, no casualties,  July  07,  2016 
  ・Tasnimnews.com,  Firefighters Still Battling Blaze in Petrochemical Complex in Iran’s Mahshahr,  July  07,  2016
  ・Presstv.ir, Blaze Hits Iran’s Mahshahr Petchem Zone,  July  07,  2016  
  ・Presstv.ir,  Iran Plant Blaze not Act of Sabotage: Minister of Petroleum,  July  08,  2016
    ・Presstv.ir, Iran’s Petchem Complex to Resume Operation within Weeks: Minister,  July  09,  2016
    ・IFPnews.com,  Rouhani Thanks Crew Involved in Containing Petrochemical Complex Fire,  July  09,  2016
    ・Presstv.ir, Fire Contained at Iran’s Petchem Complex in Khuzestan,  July  09,  2016
    ・En. mehrnews.com,  Mahshahr Petchem Complex to Resume Activity within Weeks,  July  09,  2016
  ・Therussophile.org,  Iran’s Petchem Complex to Resume to Operation within Weeks,  July  09,  2016
    ・Pgpic.ir,  Blaze Fully Contained at Petchem Plant,  July  11,  2016
    ・Pgpic.ir,  Cause of at Bou Ali Sina Plant to be Announced,  July  11,  2016
    ・Theiranproject.com,  Insurers to Pay Mahshar Fire Damage Claim,  July  11,  2016
    ・Theiranproject.com,  All Injured Back to Work,  July  11,  2016
    ・Firedirect.net,  Iran – Two Tank Fires at Oil Facility in One day,  July  22,  2016



後 記: 今回のイランの事故に対して、サウジアラビアなどの国では喜んでいると報じています。また、イラン石油相が事故直後に現地入りしていますので、悪い話(真実)が出るはずがなく、火災は制圧している、死者はいないという情報が多かったですね。現場をよく知らないトップが発災現場に行くべきではありません。さらに、当該事例では、最初のタンク火災の話なのか、2回目の事故状況なのか曖昧な情報が多く、判断でき兼ねるものはカットしました。負傷者33名という情報がありますが、アラビア語のインターネットで消防士が病院に搬送されている写真がありますので、多くの消防士が熱中症によって倒れたようです。今回の事故も国営放送から流れた情報だけだと、ボヤ程度の話に終わったと思います。写真や動画の威力を感じた事例でした。 


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