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2016年9月13日火曜日

原油貯蔵タンク火災時のボイルオーバー現象

 今回は、 ポーランドの消防大学校のヴォイチェフ・ヤロシュ氏(Wojciech Jarosz)が2011年にまとめた 「原油貯蔵タンク火災時のボイルオーバーおよびスロップオーバー現象」( Boilover and slopover phenomena during a fire of storage tanks containing crude oil)の資料を紹介します。
                 タンク火災の例  (写真はLocalwiki.orgから引用)
< はじめに >
■ ボイルオーバーやスロップオーバーについて調べることは、消防隊の観点から極めて重要なことである。ひとつは知的探究心からの興味であり、もうひとつは火災の消火活動時における実際面の関心事である。過去、多くの製油所や石油化学プラントで石油タンク火災が起きている。「タンク火災」(Tank Fire)という論文は19512003年に起きた480件のタンク火災について調査されたものである。タンク火災はいろいろな油種で起こっている。この中で、ボイルオーバーやスロップオーバーの事例が何件か観察されている。例えば、ポーランドのチェホビツェ-ジェジツェ製油所(Czechowice-Dziedzice)の原油タンク火災、ウェールズのミルフォードヘーブン(Milford Haven)のタンク火災などである。
 これらの事故では、人が亡くなったり、環境汚染や物的損害を生じる結果に至っている。原油の物性は、火災になったときに、特に大きな危険性を現すことになる。最も怖いのは、ヒート・ウェーブの形成によってボイルオーバーやスロップオーバーの起こる可能性があることである。これらは原油タンク火災の特徴的な現象であり、消防士、設備、住民にとって大きな脅威である。

< ボイルオーバーおよびスロップオーバーの現象 >
■ スロップオーバーは、乳化して不溶解性で低沸点の物質を含む高い粘度をもつ液体によって起こる。通常、それは原油中に含まれる水である。原油中の水の含有率は、生成起源によって異なるが、0.3~4.5%の範囲である。貯蔵されている間やタンク火災の初期段階では、水は液体中に均一に分散されている。
 燃焼過程の間に、油の表層では燃焼面の火炎による熱のために粘性が減少していく。水は液中の深いところへ沈降していき、液の粘性が比較的高いところの深さの位置で止まる。それと同時に、水分は加熱され、ある温度に達すると蒸発し始める。生成した蒸気は泡立っている液中でエマルジョンを形成する。このため、液体は体積が増加して、タンク液面を上昇させ、状況によってはタンク上部縁から溢れ出す。

■ 原油やマゾウト(Mazout、注;ディーゼル機関燃料)は比較的粘性の高い油である。文献によると、ボイルオーバーの起こらない粘性の下限界があるといわれている。文献では、この限界は0.3%とある。1994年のオスーコー氏(Osuchow)の調査によれば、水の含有率が20%を越えると、油-水のエマルジョンは燃焼しないという。  

■ タンク火災においてヒート・ウェーブが形成されると、ボイルオーバー現象の起こる頻度は高くなる。ボイルオーバーには、タンク底部に水の層が必要である。油の熱い層が水に接触すると、過熱された水が激しい蒸発を起こして、最終的に燃焼している油を噴出させることになる。
           図1 ボイルオーバーの状況   (ワルシャワ工科大学による実験)
■ ボイルオーバーは、上部が開放しているタンクにおいて、ある油種の燃焼中に起こる現象である。長い時間、定常状態で燃焼しているときに、突然、火災の勢いが大きくなり、タンクから燃えている油が噴き出す現象である。ボイルオーバーは、表層の燃焼残渣分が未燃の油より重くなり、熱い層となって下方に沈降していくことによって起こる。このときの沈降速度は液面が下がっていくよりも速い。この“ヒート・ウェーブ”と呼ばれる熱い層がタンク底部の水または水と油のエマルジョンの層に達すると、水は最初に過熱され、それからほとんど爆発的に沸騰し、タンクから溢れ出る。
 ボイルオーバーを起こしうる油は広範囲の沸点の成分をもち、さらに軽質分と粘性の高い残渣分を含んでいる。これらの特徴はほとんどの原油が有しているほか、合成混合物で生み出すこともできる。そして、つぎのような3つの条件が同時に存在すれば、ボイルオーバーが起こる。
 ● 開放系のタンク火災であること
 ● タンク底部に水の層があること
 ● 燃えている油の中で過熱されたヒート・ウェーブが形成されること

■ 水が油の燃焼面に存在し、熱い油の中に沈もうとするときに、スロップオーバーが起こることがある。水が蒸発する際、燃えている油をあふれさせることになる。

< 過熱モデル >
■ 図2は、火炎からの輻射熱、壁を通しての伝導熱、貯蔵液中の対流熱によって熱が液へ移動していく状態を示す。最初、液が蒸発していく量は極めてゆっくりである。タンクの上部では空気との混合気が形成されていき、熱い燃焼ガスが上昇していく。これは内部の圧が下がり、周囲の空気がタンク内に流入していき、開放タンクの上端より下にある燃料ベーパーと空気が混合されていく。燃焼していくと、タンク内の液のレベルは徐々に低下していく。
図2 火炎から液体への熱移動の区分図
■ 液に熱が送り込まれることによって液層での蒸発が促進されるとともに、タンク内に保有されている液の温度が上昇することになる。液が燃料油の場合、過熱した層が形成され、燃焼中にはこの層以外にない。図3aを見ると分かるように、燃焼初期段階では過熱層の厚さは極めて薄い。この層は、燃焼している時間にかかわりなく、常にある厚みを保持する。液に伝えられる熱のすべては、燃料油を蒸発させることに使われる。
図3 燃料液中における温度分布
a) ヒート・ゾーン無し   b) ヒート・ゾーンあり
■ 可燃性液体では、表面より下部において2番目のヒート・ゾーンが形成する(図3b)。このヒート・ゾーン(b)から火災の影響の及ばない油の層(d)への移行は、比較的薄い遷移域(c)において起こる。このヒート・ゾーンの厚さは燃焼中に確実に増えていく。そして、火災が長時間に及ぶと、保有されている液体のすべてがヒート・ゾーンになるかもしれない。

■ 遷移速度は、燃料油の種類によって変わり、実験によって求められる。ヒート・ゾーンの無い燃料油で生じるようなシンプルなヒート・バランスについてここでは対象としない。

■ 原油のタンク火災時の燃焼では、関連する変数がたくさんある。すなわち、成分、密度、粘度、水分と塩分濃度、硫黄分である。すべての変数の混合割合によって、火災の時間、火炎の高さ、火炎からの輻射熱、火災時に現れる2次的現象(例えば、ボイルオーバー)が決まってくる。

■ 原油火災では、油面の温度は沸騰温度になっている。原油の油面より下では、深い部分の加熱のされ方に変化が起こる。油面より下では熱の効果と蒸留性の結果、2つの層が形成する。油面直下の上の層とその下の層である。火災の間、上の層の温度は原油の沸騰温度を上回っていくとともに、層の厚みは火災の間に次第に増していく。一方、底部の温度は初期のままであり、層の境界から底部への温度分布は初期の温度まで急激に下がる形になる。火災への対応を行っているとき、安全性を考える上で重要なことは、上の層が過熱した層の状態になっていくことである。このような燃焼の特性によって、原油内にかなり強い対流が引き起こされる。特に直径の大きい(>50m)タンクに保有されている油の場合に顕著である。火災の状況下では、対流による熱の流れがタンク壁を加熱するのに大いに寄与する。火炎に当たっている原油タンクの鋼製の壁温度は、油と接触している壁部の温度よりはるかに高くなっている。

■ このことによって液の中で対流が生じ、内部の油は過熱状態になる。原油は常に何がしかの塩分と水分、すなわち塩水を含んでいる。塩水(主として水)が100℃を超える温度になると、蒸発する状態になり、体積は1,700倍になる。この結果、水蒸気の泡が浮き上がってきて油を覆い、新たな乱れが生じ、内部の油を過熱させる速度が速まる。過熱の温度や過熱する速度は原油の種類と水分量に依存する。火災中に油タンクの中で過熱した層が広がっていく様子を図4に示す。
図4 重質の石油を保有したタンクの火災時に過熱した層(ヒート・ウェーブ)が広がっていく状況
 < ボイルオーバーおよびスロップオーバー >
■ 表1は、タンク直径>50mで風速1m/sの条件において、全面火災中の原油の温度と過熱速度を示す。表2は、タンク直径50mで(風速10m/s)、全面火災中の原油の温度と過熱速度を示す。表に示されるデータでは、原油は深い位置でも過熱しうることを示すとともに、火災時間が続くほど過熱された層の厚さは増すことを示している。この過熱された層は、広がっていくと同時に、いよいよタンクの底部の方へ進んでいく。この油の特性は、火災の消防活動時においてボイルオーバーやスロップオーバー現象を生じ、人や資産に深刻な危険に陥らせることになる。
表1 全面火災中の原油の温度および過熱速度
(タンク直径>50m、風速1m/s)
表2 全面火災中の原油の温度および過熱速度
(タンク直径50m、風速10m/s)
■ 燃焼過程で原油の粘性が下がれば、油に囲まれたベーパーが油をつかんだままタンクから噴出しやすくなる。この最初の噴出後、いっそう高温に加熱された油の層が再び水と接触し、さらに強力な爆発(ボイルオーバー)を起こすことになる。一般的に、ボイルオーバーは数分間続き、多くのスプラッシュ(はね散らし)を伴うことが特徴である。ボイルオーバーの大きさは油の量に依存するとともに、過熱した油と接触する水の層の表面積の大きさに依存する。ボイルオーバーの生じている間、タンク内に保有されていた最初の油量の25~65%が放出されると推測することができる。ボイルオーバー時の高さは数メートルとみられ、燃えている油による被災地域は300mを超えるとみられる。例えば、ポーランドのチェホビツェ-ジェジツェ製油所の原油タンク火災(1971年)では、油は90~250mの範囲で放出された。タンクから放出され、軽質分を除いて油の燃焼は完全ではなかった。軽質分は蒸発して燃えたほか、道路、屋根、設備、施設に落下し、燃え続けた。

■ 直径が50mを超えるような大型タンクでは、ボイルオーバーは小型タンクよりも早く起こる。水の層の厚さがボイルオーバーの規模に決定的な影響を与えるものではない。最も重要なのは水の層と過熱された層の接触面の大きさである。1962年にブラッドリー氏が報告しているように、小さいエリアで15kgの水の層が突然相変化を起こすと、空気中に25,500リットルの水蒸気を形成し、衝撃波が生じる。このときのエネルギーはTNT火薬5kgの爆発時に生じる衝撃波に相当する。もちろん、このような比較は、ボイルオーバー時に形成する大量の油放出をもとに非常に簡略的に表したものである。しかし、ボイルオーバーによって発生する爆発の圧力には、かなり大きな破壊力があることは確かである。

補 足
■ ポーランドの「消防大学校」(Szkoła Główna Służby Pożarniczej:SGSP)は、ポーランドの首都ワルシャワにある消防・救援分野を主にした単科大学である。日本の消防大学校と異なり、高校卒業後に入学する制度で、将来の消防幹部職員になることを目指す若者を受け入れる大学である。

■ ポーランドのチェホビツェ-ジェジツェ製油所の原油タンク火災(1971年)は、当ブログの「原油タンク火災の消火活動中にボイルオーバー発生事例」を参照。また、当ブログでボイルオーバーについて言及した主なものは「ボイルオーバー=眠れる巨人=」を参照。

所 感
■ この資料はポーランドにおけるボイルオーバーへの認識を表していると思う。ポーランドのチェホビツェ-ジェジツェ製油所の原油タンク火災(1971年)では、直径33m×液位11.7mのタンクで、わずか5時間30分後にボイルオーバーが発生している。ボイルオーバーによって33人が死亡し、100人以上が負傷した大災害事例である。

 ● 過熱速度についての関心が高い。
 チェホビツェ-ジェジツェ火災では、計算値のヒート・ウエーブが202 cm/hと非常に高い。これを実験によって確認しようとしたもの思われる。過熱速度の観測データは3.12~17.01mm/minで、これは18~102 cm/hに相当する。実験では確証できなかったが、この資料では、「表に示されるデータは、原油は深い位置でも過熱しうることを示すとともに、火災時間が続くほど過熱された層の厚さは増すことを示している。この過熱された層は、広がっていくと同時に、いよいよタンクの底部の方へ進んでいく。この油の特性は、火災の消防活動時においてボイルオーバーやスロップオーバー現象を生じ、人や資産に深刻な危険に陥りさせることになる」としている。

 ● 直径50mを超える大型タンクのボイルオーバーの発生時の状況に関心が高い。
 チェホビツェ-ジェジツェ火災では、油が90~250mの範囲に放出されている。これはタンク直径の2.7~7.5倍に相当する。さらに大型タンクになれば、被害の拡大に危惧するものと思われる。資料では、「ボイルオーバーの燃えている油による被災地域は300mを超えるとみられ、タンク油量の25~65%が放出される破壊力」の危険性を指摘している。
 経験則としては、ボイルオーバーによる飛散影響はタンク直径の5~10倍の距離の全範囲に及ぶといわれているが、2016年8月の「中米ニカラグアで原油貯蔵タンク火災、ボイルオーバー発生」では、これを裏付けるようにタンク直径(約48m)の約10倍の半径500mの範囲に環境への影響があっている。

■ 日本におけるボイルオーバーの研究は米国・欧州と並んで進んでいるといわれている。一方、日本におけるボイルオーバーの事例は1964年新潟地震後の製油所でのタンク火災以降なく、石油貯蔵所や消防関係に携わる人でも、ボイルオーバーの危険性への知識や実感は薄いといえよう。この点、最近公表されたつぎの資料はボイルオーバーに関する基本認識を理解する上で有用である。
 「ボイルオーバーの事例と最近の研究」(2014年9月、消防研究所)
   過去に起きた50件のボイルオーバー事例とともに、国内外の研究の状況を紹介したものである。
   1983年英国アモコ製油所のボイルオーバー事例をもとに、日本の消防活動について考察したものである。
   FPEC社が開発したボイルオーバーのシミュレーション・プログラムを解説した資料である。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Yadda.icm.edu.pl,  「 Boilover and slopover phenomena during a fire of storage tanks containing crude oil 」, bryg. dr in¿. Wojciech JAROSZ, Katedra Dzialañ Ratowniczych, Zaklad Ratownictwa Chemicznego i Ekologicznego, SGSP,  2011



後 記: なかなか興味深い資料でした。標題の写真をどうするか悩みました。当然、ボイルオーバーの写真になりますが、実際のボイルオーバーの写真は少なく、当該ブログでは使い切りました。写真は1926年に米国のタンク・ファームで起きた火災のものです。複数タンク火災で爆発もあっていますが、ボイルオーバーがあったのかははっきりしません。しかし、タンク火災の怖さが現れていますので、この写真を選択しました。
 ところで、久しぶりに地元周南市の情報を紹介します。唯一のデパート(近鉄松下)も撤退し、寂れる町になりつつある中、スーパー「ゆめタウン」(イズミ)が進出を決め、建設工事が行われていましたが、9月8日にオープンしました。今は連日、駐車場が満車の状況です。場所は旧出光製油所の佐保充填所(アスファルトと硫黄の貯蔵・出荷場)跡地です。タンクの解体が行われていたときから現在の状況を写真で紹介します。時代の移り変わりを感じますし、これで町が活気づくことを期待したいですね。
201210月 タンク解体
20139月 残ったスポーツクラブの移転と解体
20169月 スーパー「ゆめタウン」の開業

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